本当は怖い「糖質制限」 岡本卓

祥伝社新書 780円


Dr.かっちのブログ

いま、流行っている「糖質制限ダイエット」に警鐘を鳴らした本ですが、

トンデモ本です。



たとえば「糖質制限で、がんになる」という断定的な見出しが、この本にあります。


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そして作者のこの主張を裏付ける研究として、Science誌の2009年325号1555~1559ページの

Glucose Deprivation Contributes to the Development of KRAS Pathway Mutations in Tumor Cells

というタイトルの論文があるんですが、内容としては試験管の中の細胞の実験で、分かったことを述べているだけです。


作者が文中で内容を紹介しています。


KRAS、BRAFという発ガン遺伝子が変異するとき、GLUT1という遺伝子の発現が増えると前置きしておいて、


「GLUT1がより多く発現した細胞は、細胞内へのグルコース取り込み量が増え、細胞外の糖質が低い状態でも生存し、そのうちの4%にKRAS遺伝子の変異が認められた。これに対し、KRASに変異のない正常細胞は、ほとんど死滅する。


この内容から、著者は、文中では

「これらの研究は、糖質制限による厳格な血糖管理が、がんを発症させる可能性についても考えなくてはならないことを教えてくれます。」と

結論づけています。


実際の論文の要点は以下のリンクにあります。

abstract


僕なりに訳してみましょう。


大腸がんの細胞の transcriptomesを調べると、 KRAS、BRAFという遺伝子だけが変異していた。

KRAS、BRAFという遺伝子が変異した細胞を調べると、発現が増えた3つの遺伝子があり、そのうちの一つは、glucose transporter-1をencodeするGLUT1という遺伝子であることが研究の結果明らかになった。


細胞内へのグルコース(糖分)の取り込み量が増えて、細胞の外の糖質の濃度が低くても生き延びた変異した細胞は、GLUT1が表現型として必要であった


(表現型とは、血液型Aのひとの遺伝子はAOとAAの2種類あり、ともに表現型はAということ。遺伝子ではなく、実際の形としてわかる分類のこと)。

一方、KRASに変異のない野生株の細胞は、ほとんど死滅した。

その生き延びた細胞の多くは、高いレベルでGLUT1という遺伝子の発現が増えており、そのうち4%は、細胞の親世代と違って、KRAS遺伝子が変異していた。



なんとも難しいですよね。

眠くなっちゃいますよね。

わかりやすく、かみくだいちゃいましょう。


まず試験管の中で培養した細胞の実験の話です。


人のからだのなかで起こっている話じゃありません。


細胞自然界に元々存在する野生型の細胞は、

細胞の外の糖質の濃度が低い(ひとの体の中では低血糖の状態)と

ほとんど死んでしまいます。


実験で、細胞の外の糖質の濃度が低くても、生き延びた細胞は、突然変異を起こして生き残ることが出来たわけです。



突然変異して生き残った細胞では、GLUT1という(糖を細胞のなかに運ぶ働きがあるタンパク質を作る)遺伝子の部分が発達しています。


生き残るための進化ですね。


そして生き延びた突然変異の細胞の4%では、KRASという遺伝子の変異があったんです。


KRASというのは、大腸ガンの患者さんで、唯一変化している遺伝子だから、がん発生にかかわると思われるんです。


あくまで試験管の中での話だけど、ひとの体で言うと、低血糖の状態にあっていきのびる細胞では、4%に大腸がんに関わると思われる遺伝子が変化しています。


こんな内容です。



この研究の結果から、


「糖質制限で、がんになる」という断定的な見出しをつけるのは、やはり間違っていると思います。



本来、見出しというものは、本文の内容のエッセンスですからね。


読者をかなり強引にミスリードさせていると言えますよね。



あえて、つけるとすれば、スポーツ新聞風・週刊誌風に


「糖質制限で、がんになる?」

といった感じでしょうか(笑)



僕もまた、かつて研究をしており、論文を書いていました。


試験管の中の現象と、実際にひとの体の中で起こる現象は、まったく関係ない、もしくは正反対の結果であることも多いのです。


強引すぎる、話の流れです。


こういった答えが出ない問題で、きっぱり断言したり、人々の恐怖をあおって本を売るのは、感心できません。





確かに長期間での、「糖質制限」の安全性はまったく不明です。


普通の人が短期間(1~数ヶ月)で体重を減らしたい、

または糖尿病に人が短期間で血糖コントロールを良くしたい、

こういった目的では、良いかもしれないと思います。


何事も極端なことは、からだに悪いように思います。


僕が疑問に思うことなのですが、

現代日本で、バランスのとれた食生活を送っている人が、

どれだけいるのでしょう?


多くの人が、パンやお米など、炭水化物をむしろ食べすぎていると思います。


理由は、やはり炭水化物を多くふくむ食品が、

安くて、しかも人々の好みにあっていることも原因としてあげられます。


経済的な面から、炭水化物をほとんど食べない食事を想像してみましょう。


肉や魚、野菜、チーズだけを食べていては食費が高くなってしまいます。


現実的に、厳しく「糖質制限」を続けるのは、多くの人にとって難しいと思います。




低血糖にならない程度に、炭水化物など糖質をとりすぎないようにすることは、からだに良いと思います。


何事も、ほどほどが肝心といったところでしょうか。