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deriviolaのブログ

映画の感想など書いていきます。

専門家ではないので、単なる自分の感想文です。w

ネタバレ注意!


<ネタバレ注意!>


この作品は、世界中で愛されている名作です。と書いたところで、おそらくタイトルを聞いたことがない人はいないでしょう。

内容も、「王女様が一日はめをはずして楽しむ物語」ってそんな感じのことはみなさんご存知だと思います。

この作品は正直深いです。
最初、王女様の本音と建て前を見事に表しているシーンから始まり、そして本音を爆発させます。

王女だって人間なんだ!人間が人間らしく生きるってどういうこと?王女だからやってはいけないってどういうこと?どこまでなら許される?

王女は人間です。ですが、常に多くの人々の視線の先、関心の対象です。ちょっとでも変なことをしてしまうと、あっというまにパパラッチされてしまします。

実際、本作品でも新聞記者は、記事目的に王女に近づきます。
王女が、記事かかれてしまったら、どうなるのでしょう?
しまいには人をたたくなどそんな写真も撮られてしまいます。この写真が高値で売られてしまったらどうなるでしょうか。
そんなはらはらな中、それでも王女は自分の身を明かさないという尊厳はしっかり守りつつ(ばれているものの)、それでいて普段できないことを次々楽しんでいくのです。

王女と新聞記者との関係も不思議です。恋愛感情がお互いにどこまで芽生えているのかわからないまま物語は進み、最後の最後でようやく心を見ることができます。

特に当時、王女は自由な恋は許されていないのでしょう。

自由な生活か、それとも王女としての生活か・・・。

王女は髪をばっさり切ります。切った瞬間は切ったことによって一般人らしさがにじみ出ていますが、最後はその短い髪に、長かった時以上の威厳を感じさせられました。彼女は髪と引き換えに彼女の人生を買ったのかもしれません。

この作品、新聞記者がスクープ目的で近づいたからこそ、王女の人間らしい一面を見ることができていたのかもしれません。泳がせてつかまえる。

王女は見事に泳いでいたと思いますし、新聞記者の捕まえ方もまた見事です。ただ、時々垣間見える王女の王室らしい言葉づかいに時々はらはらされられます。

風景描写もまた見事です。スペイン広場、トレビの泉、真実の口にサンタジェロ城。
スペイン広場から続く階段の先にはトリニタ・デイ・モンティ教会があります。ルイ12世がたてさせた教会です。その王族が建てた建物が階段の上にあるにもかかわらず、彼女は決して上を見ません。王族が建てた建物に背を向け、そしてそこから離れていくのです。
そして、サンタンジェロ城は、135年、5皇帝として有名なハドリアヌスが霊廟として建てさせたもので、歴代のローマ教皇によって、牢獄として使われていました。
この場所に彼女がいた部屋があり、そこからみた川岸のダンス場は、まさに牢獄からみる外の世界。そして、最後は逆に川岸からサンタンジェロ城を見上げます。あの牢獄にまた戻るのか。そんな彼女の心の葛藤が聞こえてきます。死者を弔うために建てられ、そして牢獄として使われた場所が彼女の本来の居場所として描写されている。

王族を離れることで、人間らしさを手に入れ、そして最後には人間らしい真の威厳を手にした。階段から逃げることで大人の階段を上ることができ、一人の王族の女性として一人前になったのではないか。

とここまで書いているものの、実際にはこの映画の本質はどこにあるのか。見る角度を少し変えただけでも全く違うように見えてくるこの作品。
単純なストーリーに見えて、実はものすごい奥深い作品となっています。