スピアンチの私が
「ツインレイの世界」
に足を踏み入れているお話です
彼に出会った直後からの
不思議体験を通して
自分との向き合いが始まりました
不思議体験を通して、私はたくさんのスピリチュアル関連の方にお世話になりました。
《何が起きているのか》、《どういう状況なのか》、《私は何を信じれば良いのか》、《何が正しいのか》…、ありとあらゆる疑問をぶつけてきました。
当時の私には、大事にしてくれる仲間がたくさんいて、「幸せだ」、「女神だと(茶化し冗談だろうけど)」と言われることがあり、『なんなんだこの世界』、『でも居心地が良いな』と眺めておりました。
彼に出会って一ヶ月も経たないうちに〈愛の確認〉になり、性的に危ない危機感を感じて、最大の拒絶をしたところからが、私の第二幕の人生が始まったと思います。
【〈宇宙に見守られている・宇宙に仕組まれての道だ〉というなら、避妊なんてするもんじゃない】という理論を持っています。
都合のよいところ取りの発想だと思うからです。
〈自然な摂理で、子供ができては困る〉と予防する時点で、宇宙視点からの純粋さはないと感じました。
たくさんの方のお話を聞きましたが、
私を見て、
―ツインレイだ、ツインフレームだ、トリプルレイだ、ツインレイではない、何でもない、彼は逃げている、彼の魂愛は深い―と、その場やその方によりたくさんの分類があったことも覚えてます。
私の感覚では、偽ツインに仕立てたのは私の過ち。
だけれども、どうであれ《真実は変わらないはず》なので、今の現実を受け入れることに努めています。
彼は、誰も到達することがなかった=させなかった私の深い核の中に容易く侵入してきました。
本当は練っていたかもしれないけど、気づけば深いところに繋がっていました。
私から見える彼は、今でもとても誠実な人です。
私が欲しているものも見えたのでしょう。
けれども、「誠実な遊び人だった」「たまたま私という個人にのみ?反応した」のだと思います。
私にとって彼が「ツインレイ」に見えたのは、私の深い愛からで、実はそこに「彼」は関係がない。というところです。
真面目な返答を書くと既読が付くのみで返事が途絶えます。
譲歩すれば解釈は色々ありますが、お花畑の発想を抱いて先延ばしにする行為は、自分の時間に対して失礼です。
私が望んでいるツインレイの形は、同じ目線に立ち、同じように向き合い合えるお相手であり、考え方の違いや進み方の違いを、痛みを怖がらずに共有し受け入れ合えるお相手になります。
〈彼の反応は、私の望む世界とは違う〉ということを、逃げずに受け入れたい。
慈悲の心とは、「きっと相手は…」と慮ることではなく、都合が悪い自分の答えも認め受け入れるところにあると思います。
都合の良い解釈をして逃げたい思いは、今も私の中にあります。あわよくばの思いもまだあります。
それでももう充分に悩み向き合ってきたから、もう、前に進む時だと思います。
私の中の彼の位置づけを、降ろすときがやってきました。
それは彼への懺悔も手放して良く、それは彼自身の問題という理解にまで繋がりました。
ここまで行き着くにも、彼が必要でした。
そのお相手をしてくださった彼には感謝しかありません。
今、そんなところに立っています。