またか・・・
ニュースを見て、そう思う。
父親の虐待により、女児死亡。
児童相談所の対応が・・・
亡くなったのは、心愛(みあ)ちゃん、10才
また、名前に「愛」がつく女の子だ。
心から愛してる
名前をつけたとき、両親はそんな想いでいたのだろうに。
そして、こういうニュースが流れると、やはり、いつも思う。
虐待で亡くなった子たちの、公開される写真は、
いつも、笑顔なんだ。
たぶん、つらい毎日の中の、ほんの一瞬の笑顔の写真かもしれないのに。
どうして?
毎回、誰もがそう思うだろう、こういう事件。
どうして、実の父親が?
どうして、周りは助けてあげられなかった?
結婚してから、子どもに恵まれるまでの5年の間、
私は、たくさんのことを、様々なことを、
毎日のように考えていた。
私には、母親になる資格がないのだろうか。
私が、今までしてきたことは、たぶん、間違いが多かったのかもしれない。
それでも、子どもがほしい。
自分の子どもを産み、育て、そんな家庭を作りたい。
自分の、何が間違っているのだろう。
ある日、そんな自分に、
たぶん、私の中の私が問いかけた。
子どもがほしい、自分の子を産み育てたい、
そう言っているあなたは、
「親の義務」を果たす自信はあるの?
親の義務?
自分が産んだ子どもだもの、もちろん、ちゃんと育てるでしょう。
それが、親の義務なんじゃないの?
もちろん?
それを、もちろんと、当然のことと、
あなたは言い切れるの?
うん、言い切れると思う。
では、あなたに聞きます。
産まれてくる子がどんな子でも、あなたは、そう言い切れるの?
あの「おやゆび姫」のように。
どんな子でも・・・?
さらに、あなたに聞きます。
究極ですが、もし、神様が、
「あなたに子どもを授けましょう、
ただし、その子は、
35才の時に、「重大な罪を犯す」という運命を持って生まれてきます。
それでも、その子を産み育てることを望みますか?」
そう言われたら、あなたはどうしますか?
・・・
自分で、自分に問いかけた問いに、
私は答えられなかった。
親の義務とは、どこまでなのか?
例えば、未成年の子が、何か罪を犯したら、それは、親の責任になるのだろう。
じゃあ、例えば、その、35才という年齢だったら?
成人して、親の元を離れたら、親に責任はないのか?
親になる前、そんなことを考えては、ひとしきり悩んだりした。
即答できなかった、その問いに関して、
私は、しばらくの間、考えていた気がする。
たとえ、「その子」が、
そういう運命を、宿命を持って生まれてきたとしても、
生まれ持った気質が、そういうものだとしても、
親が作る環境で、運命も、宿命も、
変えることができるんじゃないのかな?
すると、私の中の私が、また問うた。
そうかもしれない。
運命も、宿命も、親になったあなたが変えることができるかもしれない。
ただし、それは、簡単なことではないし、
親としての「強さ」も必要とされます。
あなたは、強くなれますか?
自分に対して、なんと答えたか?また答えられなかったか?
それは覚えていない。
気づいたら、私は、双子の息子の母になっていた。
息子たち2人が、
どんな「運命」、どんな「宿命」を持って生まれてきたか?
それは、今の母には分かりません。
母が、これまで、
「親の義務」を、ちゃんと果たしてきたのか?それも分かりません。
自分では、まだ判断できません。
わが家では、しょっちゅう、バトル勃発します

特に、息子
母 は日常茶飯事ですが、
この前、わが家で勃発したバトルは、久々、
父
母。
父
母。テーマは、それこそ、「母の義務」について。
が言う。「お弁当作りは母の義務だ
」
は反論する。「義務ではない。
子どもが小さければ、それは義務かもしれないが、
高校生の息子に対しては義務ではない。
母の厚意と受け取るべきだ
」
ことの発端は、その、高校生の息子がお弁当箱を出さないこと、
そこから始まった。
言っても言っても言っても、
学校から帰ってきて、すぐにお弁当箱を出さない息子。
すぐに出せば、母が、それを洗ってあげるのに。
が、その日のうちに出さなければ、翌日、母はお弁当を作らないし、
もちろん、お弁当箱は自分で洗いなさい
となる。
それが、何度も何度も何度もあり、
先日も、3日間、お弁当箱を出さなかった・・・からの流れだ。
もめる原因なんて、だいたい、そんなものですよね 
やはりやはり、見るに見かねた
が、そこに入ってきて、
が、そこに入ってきて、バトル勃発
日頃から、「見るに見かねて」が多い父だと、母は思う。
・・・てね、
周りから見たら、なんだそれ?ですよね。
そんなことで・・・
平和な家族ですね~ですよね 

その家庭のことは、その家族にしか分からないことってたくさんあると思います。
周りの人間、他人には、
大したことには思えないこともたくさんあると思います。
けれども、子どもに対しての「虐待」だけは別です。
どんな理由があろうとも、
それだけは、絶対に許されることではありません。
またか、
そう感じるまでになってしまった、この国です。
おかしい、変だ、
周りがそう感じたら、気づいたら、
これだけは、みて見ぬ振りをしてはいけません。
みて見ぬ振りしない、
それは、とても勇気がいることだとも思います。
けれど、直接、手をさしのべる必要はありません。
おかしいと思った、その状況を、
匿名でかまわないから、伝えるべきところに連絡する。
それならできるかもしれません。
その親が、「義務」の意味を知らないのなら、
周りの人たちが、それを補ってあげるしかありません。
親が、子どもの運命を勝手に決めるなんてことは、
絶対に絶対に、許されることではありません。