泣きながら微笑んで6 | Commentarii de AKB Ameba版

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Tags:お別れ、冬

 昨日はよかったよかったねえ。

 この10日間、「泣きながら微笑んで」たっくさん聞きました。厚生年金会館の悪名高い「ずんだだずんだ」ってドラムマシーン入りも聞きました。
 「かがやくきもち」も買いました。中学時代の大島優子より今の大島優子の方が、ずっとずっと無垢でbaby faceな笑顔なのでクリビッテンギョー。

 それでもお前ポット出どころか昨日今日AKB出入り始めたド新参がナニいい気になって見てきたように「優子さん」語ってんだよって言われたら、まことに仰せの通りです。
 もっともっと聞いたり見たり読んだりするものはいっぱいあったんですけどね、ちょっと忸怩たるものがあります。ホントホント。
 「大島優子業界」関係者各位におかれましてはレコ大に免じて御海容賜りますよう心からお願い申し上げる次第でございます。

 あとちょっとだけだからほんとカンベンして下さい。
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 「泣きながら微笑んで」は、夢を実現するために別れていく二人の歌だ(というのが僕の妄想)。
 そして大島優子は、女優・大島優子としてこの歌を演じきった。

 アルさんという、ご夫婦で大島優子を応援している優子業界の有名人がいらっしゃる。大島優子の「芸能界のお父さん」が秋元康なら、「ヲタ界のお父さん」のような方である。
 この方のブログには、「大島優子に魅せられて、大島優子の背中を押したくなった、ただそれだけ・・・会えない女優になるその日まで」と、不思議なことが書いてある。
 
 「会えない女優になるその日まで」とはどういうことだろう。
 
 「会いに行けるアイドル」というのがAKBの中心コンセプトの一つだ。
 黎明期のAKBは、ホントに、会社帰りにちょっと寄って会いに行くことが出来た。
 「私たちに会いに来て」と言われれば「応」と言って会いに行けた。いわゆる古参の人が書いた当時の記録には、ホントに会いに行ける幸せが充ち満ちている。

 現在、公演で彼女たちに会うのは至難の業となってしまった。でもそれ相応の努力をすれば、会って話をする機会を作ることは出来る。いわゆる握手会がそれだ。
 これだけファンが増え、コストも莫大になっているだろうに、運営のみなさまは意地になっているかのように握手会を開き続ける。

 公演という「会える」チャンネルが極細になってしまった今、残ったチャンネルである握手会を開き続けることが、ヲタとの「神聖なる契約」とでも思っているかのようでもある。
 
 そのAKBのメンバーである大島優子と「会えなくなる日」。
 それはすなわち、彼女がAKBを卒業する日、ということなのだろう。AKBを去り、一人の女優として名を成す日。
 彼女の夢が実現するためには、彼女はいつまでもAKBにいてはいけないのだ。
 アルさんは、「会えなくなる日」が来るために大島優子を応援している。
 「泣きながら微笑んで」そのものじゃあないか。

 アルさんも「業界」の人たちも(小なりとはいえ)僕も、AKBの大島優子が大好きだ。
 彼女の歌が、踊りが、おしゃべりが、何もかも大好きだ。

 でも彼女はAKBを去らなくてはいけない。AKBと仲間たちとヲタどもは、彼女にとって単なるエピソードにならなければならない。

 「大島優子って、そう言えば昔AKBにいたことがあったんだよね」。

 それが「日本を代表する女優」になる、ということだからだ。

泣きながら微笑んで/あなたを見送りましょう
何度も立ち止まって/心配そうに 振り返るけれど…
泣きながら微笑んで/一人に慣れるまでは

 彼女の夢が実現する日。「AKBの大島優子」が、「日本の大島優子」になるその日、僕らは去っていく彼女を泣きながら微笑んで送り出さなきゃいけない。彼女もまた、大粒の涙に縁取られた無垢な笑顔を見せてくれるだろう。

 彼女のいないAKBに慣れるまでにはずいぶん時間がかかるだろうけど。
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 K3から数年後、大島優子は声帯の手術を受けることになる。
 それまでノドのトラブルが多く、ややかすれた声の上に高音が苦しかった彼女であったが、手術後はずっと澄んだ声を伸びやかに出せるようになった。

 でも僕はK3千秋楽の優子さんの、少し無理をして、少しかすれた歌声が大好きだ。
 あの日歌うことの出来なかった最後のひとことを含めて。

 みなさまよいお年を。