ああ、ついにこういう特集が組まれた。
よかったよかった。
秋元康の「詞」を「詩」として、真正面から読む、という試み。
ホントは「ユリイカ」くらいでやってほしいところだけど、ゼイタクは言わない。
目についたところ。
「桜の木になろう」について、秋元が副学長をつとめる大学の理事長が卒業式で曰く、
「辛いこともあるだろう。死にたいと思うことあるだろう。でもその時には大学に戻ってこい。大学は絶対受け入れるから」。
秋元はそれは詞にした、という。
うんうん。やっぱ学校の先生についての歌だよね、これ。よかった。僕の読みもそんなにヘンテコじゃなかった。
誰が書いたか知らないが(たぶん編集長クラス)、特集の扉で
「通俗と神秘のアマルガム」だって。うーん、そうじゃねえだろうよ。
「詞」は通俗で「詩」は神秘なんて、キョーヨー主義的紋切り型かよ。
お前、詩をヨまないだろ。
詩とはまず、人の口の端にのぼるもんだろう。
なによりも「詠まれること」「歌われること」だろ。詩は。
その上で天地を動かし鬼神を感ぜしめるんだろうよ、詩はよ。
てことは、「好きっ」て言葉はサイコーさx3こそ詩だよ。
あえて言えば「愛と根性と算盤のリリシズム」か?
やっぱ次は「ユリイカ」だね、秋元センセイ。
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追記:「詩人秋元康」の本質の一つを巧みに表現した評論に遭遇。
さらに、永遠の高校生は、どの時代の高校生も応援し続けている。そんな感じだ。
高校生魂! 自分に対する過信と不信がせめぎ合う疾風怒濤。彼は詩を捨てて、ビジネスに情熱を注いだのではなく、詩を捨てて、言葉で何ができるかを誠実に実践しているうちに、自由な境地を切り開き、メッセージをスパイスしながらそれがビジネスにもなるということを実現してしまったのだ。そしてその発信源が自分が大切にしている高校生魂だから、やはり詩人なのだ。
もちろん秋元の場合は、「コントロールされた」疾風怒濤なのだが、それが僕みたいなおっさんの心にも残っている部分を振動させているのだろう。