レッスンでの席順は、自然と入会順に奥から座るようになっていた。

 スタジオの一番奥から、デブの高石、小学校教諭の及川、梓ちゃんと沙織ちゃんの小学生コンビ、一番入口に近い場所が小谷野の席だった。講師の浅井は、生徒を横一列の前に陣取っている。ドラム・セットは、浅井の横にセットされている。

 ある日のこと、小谷野がいつものように最後に入ってくると、及川の次の席が空けられていて、小学生コンビは入り口近くの席に座っていた。

「あれ?ここでいいの?」

 小谷野は、小学生に訊いてみると、「はい」と言いながらクスクスと笑う。

 笑っているので、椅子に何か仕掛けでもしてあるのではないかと恐る恐る座ると、更にクスクスと笑われた。

 どうしたことだろう。さすがに自分の親よりも高齢の小谷野に気を使ったつもりなのだろうか。それならそれでもいい。元より、席なんてどこでもいいと思っていたのだ。

 小谷野が席に着くと、早速、いつものように基礎練習が始まった。

 いつものように話好きな高石が愚痴を言い出すと浅井がそれに応じる。時々は他の生徒にも振られることはあるがほとんど浅井と高石二人で会話している。小谷野は、わざわざ自分が入るような話題ではないなと判断すると、二人の会話を聞きながらパッドを叩く。

 及川も小学生コンビも二人の会話には興味を示さず、黙々とパッドを叩いている。

 ふと、気づくと、及川がパッドを叩きながら小谷野の方に寄ってきているように感じた。

 始めはさほど気にしていなかった小谷野であったが、意識してみていると自然を装って椅子を動かしているのが見て取れた。

 どうしたのだろうと小谷野は不思議に思ったが気づかないふりをしていた。

「さ、今日はこれやってみよう」

 基礎練習が終わると、浅井がホワイトボードにワンフレーズの音符を書きだした。

 まずは浅井が手本を見せて、後から生徒が続く。ある程度練習すると、一人ずつドラム・セットの前に座らされ、スネアを叩いてみる。

 自分が叩いている様子を生徒たちが見ていると思うと多少緊張もするし、間違えると恥ずかしい。こういうときは、個人レッスンの方が良かったかなと思うのだ。

 何回か本物のドラム・セットで叩くと次のフレーズが示される。また、同じように一人ひとり叩いてみる。練習パッドはゴムの反動があって叩きやすいが、生のスネアにはそれがないためしっかりと手首を使わないと上手く叩けない。

 丁度、高石が叩いているときだった。

 及川が意を決したように小声で小谷野に話しかけてきた。相談があるので少し付き合って欲しいと言うのだ。小谷野はドキッとしたが平静を装った。自分よりも若い女性から誘われるなんて考えたことも経験したこともない。もっとも、その逆もなかった。

 小谷野は、気もそぞろでその日のレッスンを終わらせてスタジオを後にした。

 高石がついて来ないか、及川の誘いが聞かれてなかったか少し心配だったので、一旦、モールを出て帰る素振りを見せながら再び中に戻った。

 モールの中にある約束のカフェに行くと既に及川は来ていた。及川も小谷野と同じように浅井や高石に気づかれないようにここに来たようだった。

 なんとなく秘密めいた行為に、しかも若い女性とのそれに小谷野は年甲斐もなくときめいていた。

 小谷野と及川は、時間を忘れて話し込んだ。といっても、閉店間際だったので1時間ほどの滞在に過ぎない。

 レッスンのことや音楽の趣味などとりとめのない話だったが楽しかった。若い女性と二人きりで話すことは仕事を抜きにすれば考えられないことだった。

「それじゃあ、また」

 カフェを出ると、それぞれの車に乗り込んで帰路についた。

 ハンドルを握りながら及川のことを思い出していた。レッスンでは見たことのない明るく楽しそうな表情だった。若さの特権なのだろうか、どこかタレントに似ているなとは思うもののそれが誰かは今でも思い出せないが、溌剌とした表情は何よりも美しいと思えた。

 及川の方から相談があると言って誘われたが当たり障りのない話しかしていない。小谷野から訊くこともしなかったがあれはなんだったんだろう。

 これから、何か進展があるのだろうか。あらぬ想像をしながら、顔がゆるんでいることに気がついた。いけない、いけない、自分は妻子持ちなのだ。これ以上進んではいけない。そう言い聞かせながらも何かを期待している自分がいた。次回のレッスンがいつになく楽しみになった。

 

 

 

 

 

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 さて、本日取り上げるアルバムは、JUNIOR MANCEの『JUNIOR』(1959年)である。

 

 

 

 

 

 ジュニア・マンスの初のリーダー作である。

 

 彼の作品はあまり聴いたことがなかった。

初と言っても、既にソニー・スティットやキャノンボール・アダレイ、ディジー・ガレスピーなどと一緒に仕事をし、実績を積んできている。

 ブルース・フィーリングもあり、スイング感も抜群でかつ落ち着いた演奏が楽しめるアルバムである。

 「Whisper Not」や「Love For Sale」などの超スタンダードもあって、聴きやすい。

 

 メンバーは、

 Junior Mance (p)

 Ray Brown (b)

 Lex Humphries(ds)

 

 

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