予約したお試しレッスンの日が来た。

 自宅から車で30分ほどの距離にあるショッピング・モール。買い物ではよく来ていたが楽器店には縁がなかったのでこれまで寄ることもなかった。店の奥には、楽器のレッスン・スタジオが大小合わせて5部屋ほどあって、各部屋からサックスやピアノの音が微かに漏れてきていた。さすがに会社組織として営業しているだけあって最初に受けた個人経営のレッスンとは違うようだ。

「失礼します」

 指定されたスタジオの重く厚いドアを開けると既に講師が待っていた。

「いらっしゃい。ドラム講師の浅井です」

 小谷野は、自分の名を名乗ると講師をまじまじと見る。フライヤーの写真はふっくらとしていてもっと若く見えたが、実物は細くて写真よりも年齢が上に見えた。

「ジャズやりたいんだって?」

 しゃべり方はいきなりフレンドリーで男っぽい。

「あ、はい」

 写真の印象と実物が違うことが気になって、いちいち小谷野の返答が遅れる。

「好きなドラマーはいるの?」

「え?ドラマーですか?特には・・・」

「ドラムやるのに好きな人いないの?あんな風になりたいとか、憧れのドラマーとか・・・」

 そうなの?好きなドラマーがいないとドラムやっちゃいけないのか?

 いきなりそう来たか。小谷野は少し考えてから答えた。

「強いて言えば、トニー・ウィリアムスですかね」

 また、適当に答えてしまった。咄嗟に浮かんだドラマーがそれだった。

「トニー?あっ、そう」

 自分の意にそぐわないドラマーだったのか、それとも意外な答えだったのかはわからないが、質問しておきながらお座なりな反応に小谷野は少しイラついた。

「先生は、誰が好きなんですか?」

 応酬のつもりで今度は小谷野が訊いた。

「私はね、何といってもスティーブ・ガット様よ」

 予想外のドラマーの名だった。ガットって、ヒュージョン系?ジャズもやれるのかな?

「ガット命って感じよ」さらにそう言って笑う。

 小谷野は、へ~と言いながら愛想笑いするしかなかった。結局、それが言いたくて小谷野に振ってきたのだろうと理解した。面倒臭い人だ。

「前置きはこれくらいにして、ちょっと叩いてみようか」

 そういうと、いきなりドラムセットに座れという。ここには、ワンセットしか置かれていない。2セット置くには少し狭そうだ。

 講師は、レギュラー・グリップ(左手だけ上を向ける握り方)を推奨する。

「やったことあるの?」

「ちょっとだけ、かじったことはあります」

 指示された通り、シングルストロークをやってみる。

「手首が堅いね」

 いきなりの駄目だしだ。

「手首で叩くんだよ。小谷野さんは肘から降ろしてくるけれど、それじゃカッコ悪いから」

「はあ、そうですか」

 前の講師と違って、リップ・サービスもなくビシビシはっきり言うタイプらしい。まあ、それならそれで悪いところを直してくれるからいいのかなと思えるが、もう少し優しくしてくれても・・・お試しなのだから尚更だ。これでは、お試しで辞めてしまう人もいるのではないかと余計な心配をする。

「他所で恥かかないように言っておくけど、その程度じゃドラムかじったことがあるなんて言わない方がいいよ」

(え?そこまで言うか?)

 でも、実際、そうなのかもしれない。講師の言う通りなのかもしれないと段々思えてきた。この歯に衣着せない物言いが些か癪に触らないわけではないが、はっきり言ってもらえた方がいいのかもしれないと思えた。

「どうする?レッスンやるんでしょ?」

 予定の30分があっという間に過ぎようとしていた。

 始めからやるつもりでいたけれど、これでは講師本人を前にして断れる雰囲気ではない。

「もちろん、そのつもりです」

 小谷野は、勿体ぶることはせずにすかさず答えた。その方が印象はいいだろう。

「どっちにする?個人それともグループ?」

「グループ・レッスンで考えてます」

 時間とレッスン料を考えれば、グループ・レッスンの方がコスパのいいことからもともとグループの方で考えていたがこの講師からマンツーマンで指導を受けるのは耐えられないかもしれない。

 個人の方が何でも質問できて、手取り足取り教えてもらえそうだが、この講師ではグループで受けた方がいいと改めて思ったのである。

 

 

 

 

 

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 さて、本日取り上げるアルバムは、MILES DAVISの『Miles Davis in Europe』(1963年)である。



 

 マイルスの第2期クインテットの初期の頃、フランスでのライヴ演奏を収めたものである。テナー・サックスにはウェイン・ショーターではなく、まだジョージ・コールマンを要していた時期である。

 

 マイルスやアート・ブレイキーなどのジャズ界の大御所は、若い才能を見入出し、育て上げ、送り出すというようなことをしてきた。ロック界でいえば、ジョン・メイオールなどもそんな一人と言えるかもしれない。

 

 ここで注目すべきは、ドラマーのトニー・ウィリアムスである。このとき、若干17歳だったらしい。あの気難しそうなマイルスと一緒にプレイするなんてすごい勇気が必要に思うのだけれど、しかもまだ加入してから2,3か月しか経っていないとのことであるが、堂々の演奏である。高速レガートもすばらしい。

 

 ちなみに他のメンバーには、ベースにロン・カーター、ピアノにはハービー・ハンコックがいて、それぞれジャズの巨人になっていくからすごい。

 

Walkin' (Live at Festival Mondial Du Jazz Antibes/Juan-Les-Pins, France - July 27, 1963) - YouTube


 

 

I Thought About You (Live at Festival Mondial Du Jazz Antibes/Juan-Les-Pins, France - July 27,... - YouTube