優斗は、練習を免除された替りに様々な雑用を命じられていた。

 朝食の片付けが終ると皆が練習に出ている間に合宿部屋の掃除をする。優斗が床にモップをかけている間、大山先輩は畳の上で横になって身体を休めている。

「斎木がいてくれるから助かるよ。」

「ああ、私もやることないんで休んでてください。」

「ところで、斎木はなんで援団なんか入ったの?」

 現役の団員から「なんか」という言葉を聞くとは思わなかった。

 入る気はなかったとか、仮入部のつもりが辞められなくてとも言えなかった。口籠っていると「まあ、いいけど」と大山はその話題を引っ込めた。

 改めて入部の動機を訊かれた優斗は、ダウンしたことをきっかけにこのまま続けるべきかどうかという「迷い」がまた頭をもたげてきてしまっていた。

 

「ちょっと、買い出し行ってくるよ。斎木は休んでていいよ。」身体を起しながら、そう言って大山は出て行った。優しい先輩もいてくれてよかったと優斗は思った。

 優斗が合宿部屋で所在無げにしていると、教室の入り口に人影が見えた。誰だろうと顔をあげると北村杏子が立っていた。優斗は驚いて、寝そべりかけた畳から跳ねるように身体を起した。

「斎木君、おはよう! 体調はどう?」

「あ、びっくりした! え?なんで知ってるの?」

「うん、ちょっと聞いたから」

「あれ?テニス部は合宿終わったんじゃない?」

「うん、昨日ね。」

「じゃあ、わざわざ様子見に来てくれたの?」

「いや、そうじゃなくて・・ちょっと忘れ物したから」

「そう。特に激しい運動さえしなけりゃいいみたいよ。」

 そこで、会話は途切れてしまった。

 北村とは互いの合宿日が重なる期間中、調整しながら使用していた食堂ではいつもすれ違いだった。たまに顔を合わすことがあっても、眼であいさつする程度だった。そんな北村が自分を気にかけていてくれたのかと思うと嬉しかった。

 優斗が何か話を繋げなくてはと話題を探していると、遠くで誰かが怒鳴っているような声が聞こえてきた。

「斎木のやつ、女連れ込んでるぞ!」

 その声は、隣の校舎の屋上から身を乗り出して叫んでいる一年の東陸(あずまりく)だった。新校舎の屋上からは廊下越しに合宿部屋が見えることを忘れていた。

「あ、じゃあね。お大事に。」北村が慌てて教室から出て行く。

「ありがとね!じゃあ、また!」優斗は残念そうに北村の華奢な背中を見送った。

 

(さて、やばくなったぞ、東のやつ、しつこいからな)

 案の定、昼食時に顔を合わせるといきなり優斗に皮肉っぽい言葉を浴びせてきた。

「いいよな、斎木は。練習さぼって、女といちゃいちゃしててよ。」

「別にいちゃいちゃなんかしてねえよ。」

「してたじゃねえか。ちゃんと見えてるんだぜ!」

「たまたま顔を出しただけだよ。」

 すると、東は団長に向かって抗議する。

「団長、いいんですか?斎木のこと、練習もさせないで放っておいて?」

 団長は、ふんと鼻で笑って東の言うことには取り合わなかったが、少し意味ありげな眼で優斗を見てきた。

 優斗は、特に団長には弁解もしなかったが、ただその鋭い目つきにゾッと鳥肌が立った。やはり、団長は怖い存在である。

 あれから、血尿も出なくなった。多少の後ろめたさはあるもののドクター・ストップがかかっているのだからと「大義名分」を暗黙の言い訳にしていた。

 それにしても、団長のあの眼は何を意味していたんだろう。でも、もう少し我慢していれば合宿も終わる。優斗はあれこれと考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 さて、本日取り上げるアルバムは、  MARCUS KINGの『EL DORADO』(2019年)である。

 



 過去に、マーカス・キング・バンド名義の『soul insight』(2015年)を取り上げたことがあるが、これはソロ名義のファースト・アルバムである。

 

 バンド名義の作品では、バンドとしての総体的なサウンドやインプロヴィゼイーションを重んじているようであるが、ソロ・アルバムではもっと間口を広げたソング・ライターとしての魅力もフィーチャーされた作品になっている気がする。

 

 ギターの上手さは定評があるが、歌の上手さも改めて印象に残る。

 「Wildflower & Wine」などの曲にみられるようにエモーショナルでソウルフルな歌唱がすばらしい。



 

 「The Well」など、ブルース・ロック調の曲もアルバム全体を通していいアクセントになっている。



 

 曲は、ほとんどマーカス本人とプロデュースを担当したブラック・キーズのダン・オーバックとの共作である。

 

 ギターも上手いから、どの曲も間奏に奏でるフレーズが実に効いてる。