ペリカンとパンの匂い98 「ほんとにお別れ?」/JANIS JOPLIN ⑤
雨は、三日三晩降り続いた。 それでも、悲しみが洗い流されるにはまだまだ足りなかった。 杏子の訃報を聞いてから、優斗は自分がどうしたらよいのか、何をすべきだったのかわからなかった。未だに信じられない。杏子が亡くなったことを受け入れられないでいたのである。 自分の近しい人が亡くなるという経験は、幼い記憶の中では祖母の例があっただけで、それ以降誰も亡くなっていない。 本当は、すぐにでも会いに行きたかったが、そもそも、行っていいものなのか。自分がそれに値する男なのかどうかもわからなかった。 もうじき、杏子の葬儀が行われる。 優斗は、葬儀に行くべきかどうかも迷っていた。葬儀に参列することで、改めて悲しい現実を突きつけられるのが怖かったのだ。 葬儀に行くにしても、通夜に行くべきか告別式に行くべきなのかも悩んだ。授業を休んで告別式に参列したりすればおそらく人目を引いてしまうにちがいない。 結局、橋口や加奈子には相談することもせず、他の級友と同じように通夜に参列することにしたのだった。 通夜の当日は、授業に出席した後、そのまま斎場に向かった。雨あがりの道路には、あちらこちらに水たまりがあって、まだ空に残る雲を映し込んでいた。 斎場に着くと既にクラスの級友たちが何人か来ていた。礼服を持たない級友たちも優斗と同じように制服姿だ。 受付を済ませると、列の後方に橋口と加奈子の姿を見かけたが、二人とは視線を合わさないようにして焼香の列に並んだ。 祭壇は色鮮やかな生花で覆われていた。杏子の好きだったカスミソウの花も添えられている。 その祭壇の前には棺が置かれていた。そこに杏子が横たわっているのだろうか。ここからでは顔が見えない。むしろ、見えなくて良かった。棺に入った杏子なんて見たくない。 参列者の前には、年老いた祖母が車椅子に座っていた。杏子の家でみかけたような愛想のいい顔は影を潜めている。母親は、立ったまま気丈に参列者一人一人に頭を下げている。 焼香の番が来た。優斗が母親にお辞儀をすると、顔をあげた母親と眼が合った。母親は、一瞬、あっという表情をしたがそのまま何も言わずに深々と頭を下げた。 焼香台の前に立ち、改めて遺影を見る。そこには笑顔の杏子がいた。 あれだ。 あの写真だと、優斗はすぐに分かった。いつか遊園地に行ったときに一緒に撮った写真で、隣には自分も映っていたはずだ。とびきり嬉しそうで可愛く撮れていて、杏子も気に入っていた一枚である。 優斗は、焼香をしたあとに手を合わせ、杏子の冥福を祈る素振りは見せているが、頭の中は空っぽで何も考えていない。不思議と涙は出なかった。ここでも嗚咽を漏らしている女子もいるというのに自分は冷淡な人間なのだろうか。 杏子の訃報を聞いたときには分けもわからずただ涙があふれてきたが、今はむしろ実感がわかないでいる。まだ、夢を見ているような感覚であった。 こんなものなのか。人間って、こんなにあっさりとこの世から居なくなってしまうものなのか。悲しみよりも儚さの方が今は大きな気がした。 優斗は、坦々と焼香を済ませ、母親に再度お辞儀をして部屋を出ようとした。そんな優斗に母親が声をかけた。「ほんとにごめんね。今日はありがとう」 優斗は、なぜ謝られたのかわからず、返す言葉も見つからず、ただ黙ってお辞儀を返すだけだった。 式場を出る前にもう一度祭壇を振り返ると、母親の肩越しに見える杏子は、まだ笑っていた。 ффффф ффффф ффффф さて、本日取り上げるアルバムは、JANIS JOPLINの『JOPLIN IN CONCERT』(1972年)である。 このアルバムは、レコードで所持している。ジャニスのアルバム中、初めて買ったものである。 というのも、ベストアルバム的な楽曲集であり、しかもライヴの生々しさが伝わってくるだろうと思ったからである。 想像したとおり、ジャニスの生の迫力と魅力を網羅した内容になっている。 SIDE A,Bは、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディン・カンパニーとの演奏で1968年3月から1970年4月までの2年間におけるものである。SIDE C,Dは、フル・ティルト・ブギー・バンドをバックにして歌っている1970年6、7月の録音である。 他にも、ジャニスの死後にリリースされたライヴ盤はいくつかあるが、これは正に集大成ともいえる。Piece of My Heart (Live at The Grande Ballroom, Detroit, MI - March 1968) - YouTubeSummertime (Live at The Carousel Ballroom, San Francisco, CA - June 1968) - YouTubeBall and Chain (Live at McMahon Stadium, Calgary, Canada - July 1970) - YouTube