「くそ……」
「なに泣いてるんですか?」
「泣きたい気分なんだよバカヤロウっ!くっ」
「それはこの映画を観たからですか?そう。この映画館には
あなたの今までの人生がまるで走馬灯のように映画で流れてる」

「……なんで俺は死んじまったんだよぉ」

「私は今まで数えきれないぐらいの人を見てきました。
ここは死んだ人が行き着く最後の場所。人生の映画館。
誰もがここで絶対に泣きます。今までの自分の人生を振り返って
初めてわかるのです。自分の人生というものを」

「俺はまだ生きたかったっ!!!生きたかったんだよおお!!」

「……誰もがそう言います」

ここには男とこの女の二人だけしか居ない映画館だ。
誰も知らない。ここがどんな場所なのか?
どんな次元に居るのかさえわからない。

「高校時代……」
「えっ?」
「いや、懐かしいなって思ってな。あの頃は楽しかった」
映写機独特の音でひたすら流れてる映像。
「あいつは医療系の会社に勤めた。こいつは運送系。あっちのやつは
教師になったな。みんないいやつだったさ」

男はひたすら思い出話をした。女はそれを聞いた。時間だけが流れた。
さっきまであんなに泣いていた男は時折、笑顔も見せて懐かしむように話した。

「この映画が終わったらあなたはどうします?」
「えっ?」
「この映画が終わったらあなたは自分の道を決めなければならない」
「決めるって何を?この先をどうするか、とかそういうのを?」
「それは私にもわかりません。私はこの映画館の主ですから外の事までは」
「俺の映画の上映時間は?」
「ざっと三時間って所ですか。もうあと残り少しです」
「なぁ……あんたはずっとこの映画館をやってるのか?」
「そうですね」
「どのくらい?」
「……もう数える事も出来ないくらいの年月を」
「そうか。辛くはないか?」
「辛いという感情はよくわかりませんが、幼い子や赤ちゃんが来ると
すごく……胸が張り裂けそうになります。年齢が低い子は上映時間が短い。
1時間や15分。1分という子も居ますし、0という子も」
「あんたは立派だな。まだ高校生ぐらいの容姿なのに」
「自分の年齢も名前も私にはわかりません。
これからもずっとこの仕事を続けていくでしょう。これからもずっと」
「……」
「しかし久しぶりです。あんまり私の仕事に興味を持つ人は少ないので」
「え?」
「誰もがここを通過点だと思っていて私なんて見向きもしないんですよ」
「俺の最後はな。自殺なんだ」
映写機の音が響き続ける。
「自殺、ですか……。今まで何人も見てきましたね。そして色んな最後も」

かちゃり。

幕が閉じた。映画上映終了だ。男は立ち上がった。
「俺は今後どうするか決めたよ」
「そうですか。それは良かった。ではあの入り口の扉を──」

「俺はここに残る」

「え?今なんて言いました?」
「残る。俺があんたの仕事を引き継ぐ!!」
「な、何を言ってるんですか!!?あなた自分が何を言ってるのか……!」
「俺が死んだ後に俺の友人や知り合いも何十年先かわからないけど、
ここに来るだろう。その時に謝りたいんだ!迷惑をかけたと。
そして親にもな……」
「どんな仕事かわかってるんですか!?
途方も無い時間と永久に終わらない仕事なのに!!!」
「だからこそ、自殺して自分の人生を短くしてしまった俺は……、
やらなければならない。あとは俺がやるからいい。
君がその扉を出て行ってくれ。

今までの仕事、おつかれさま」

「……っ!!」

女は初めて聞いた。「おつかれさま」という言葉を。

「やっと終わるの……?この長い長い仕事が?」
「あぁ、おつかれさまだ。なに泣いてんだ?そんなに嬉しいのか?」
「あなたは優しい。すごく……優しい。ありがとう」

今まで幾多の数の人間を見送ってきた女は初めて扉の前に立った。
そしてドアノブに手をかける。

「この扉の先は何があるんだ?」
「私の予想では……、また新しい人生が始まると思ってる。希望への扉」
「そうか。新しい人生楽しんでこいよ。きっと楽しいからな」

「うんっ!!」

男と女は笑顔で別れた。

そして……、途方も無い年月が流れた。十世紀かそこらか?
いや、何万年という月日かもしれない。

「うぅ……」
「なに泣いてるんですか?」
「だって、死んじゃったんだもん。泣くでしょ?」
「それはこの映画を観たからかなぁ?そう。この映画館には
あなたの今までの人生がまるで走馬灯のように映画で流れてます」

「なんで私は死んだの……」

「私は今まで数えきれないぐらいの人を──」
「あっ……!」
「え?どうしました?」
「もしかしてここって私が働いていた映画館?」
「え?どういう意味です?」

男は途方もない月日を過ごしたせいか、自分の名前も自分がなぜ
ここで仕事をするようになったのかも、もう憶えてなかった。

「まぁ、とにかくあなたの映画を観て下さいよ。
それで決めて下さい。自分の道を」
「道なら決めてますよ」
「え?どういう意味……?」

「ここでは一人は寂しい。
だから私とあなたの二人でこの映画館をやっていきますよ。

それが私の……道です」

それからその映画館では男と女の二人で働くようになった。
長い年月と男の存在こそが、寂しかった女を救ったのかもしれない。
もう彼女は一人ではないのだ。

そう。この物語は誰も知らない物語。そして素敵な物語なのです。
映画館は今日もやっている。男と女が経営をしながら……。

おしまい。