ずーっと放置しておりました。すみません^^;。

もとい、正確に言うと、「更新する余裕がなかった」です。


というのも、家庭環境が最後の更新~今までにガラッと変わりました。


一言で言うと、いわゆる産後クライシス状態で

夫と「別居」になりました。

実際のところはどったばっただったんですけどね(苦笑)。


このブログでも、ちろちろ書いて発散はしていたんですすが、

薬を飲みながら体調を調整し、自分の心と向き合ったとき

解決しないと幸せに暮らせない問題が、対こどもにあるのではなくて

その大部分は夫に対してあることが分かりました。


そして、その気持ちをもうごまかしながら過ごさないことを決めました。

(もうごまかせない、ところまで到達していましたが^^;)

そして、情でなぁなぁに解決しないことも…。


根本的解決をはかって、この警笛が響かないようであれば

離婚も視野に入れて動いています。


ということで、ここで書こうとしていたことを今本人に向けている…ということで

正直書くためのエネルギーもちょっと不足しているの事実…。

今後は不定期更新にしたいと思います。

できるときに、現状の報告とか…かな?


ブログとしては中途半端で尻すぼみではありますが、

私とその家族が悩みながらも成長していくことを願い、

ひとまずの区切りとさせていただきます。


といいながら、ひょっこりつぶやくことがあったらお付き合い下さい(笑)


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さて、そして日が経って…。
ある程度はこどもが家に存在していない生活にも順応できてきました。
旦那の勧めで(半ば無理やりでしたが)外出したり、久々に外食したり。


寂しいけどこどもにはお金かけてでも、会いに行こう。
すっごい遠いけど会えない訳じゃないんだから。
よし、じゃあせっかくのこの期間にちゃんと元気になろう。
そう切り替えができかけてきた頃。


その日は突然やってきました。


こどもの様子も気になるから、と私が旦那に
義実家へ連絡を入れてみてとお願いしたことがありました。

そうすると。


「実はばあちゃんな、世話の間に転んで骨折したかもしれない!
あと、持病の値が急に悪くなっていて世話がきついんや」

ということが分かりました。


持病があるって、知らなかったよ…どういうことだ。
旦那は知っていて預けたそうで、私の中の「もやっとポイント」急上昇。


よく知らなかったので調べたら、その聞いた値は
もう心臓とか脳に影響が出てもおかしくないレベル。


もうあっという間にこどもの帰宅が決まり
翌朝、高速に揺られ自宅へ戻ってきました。


個人的には、いろんな感情がぐちゃぐちゃで
心の強制切替えが大変なことといったら…。


子どもの帰宅はうれしい!とか
でもあまりの急展開に精神的にはあたふたです、とか、
義実家もそこは気を使わず、もう少し早くNGサインを出して欲しかった、とか
旦那はそういう状態の両親にどうして預けたんか!とか
でも、助けていただいたことには感謝せねばとか、
ああこれからまた育児戦争の日々は再開する、とか。


そうなんです、もちろんその状況で
遠方からこどもを受け入れてくれた義両親には感謝です。
しかも、善意であえて向こうから「もう看られない」とは
おっしゃってこなかった。


ただ、遠方ということは赤ちゃんにもそれなりの負担はかかります。
できないことはできない、と言ってもらった方がよかった。
そう言ったら、人として冷たい。かもしれませんが。


東京と大阪を数日の間で車飛ばして2往復するのはあまりに中途半端で
結局おじいちゃんおばあちゃん、そして
こどもにとってもデメリットが大きかったんじゃないか。
正直な心の声はこれです。


でも、旦那も慌てていたのかもしれません。
必死な中、落ち着いて合理的な判断ができなかったのかもしれない。


その後、私の疾病扱いで保育園入所が決まり
現在子どもはうちの自宅からそこに通っています。


と、最後ははしょり気味でしたが、急性うつ状態期はこんな感じで

過ぎていきました。この時期編は、ここまで。



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今、娘は保育園に行っています。


職場の方面なのでありがたいことに旦那が送迎担当。


なので、朝は大戦争です。

ない時間で1歳の着替え、食事の支度、食事、持ち物準備…

防寒具着せておでかけ仕様にして、あっ連絡帳書かなきゃ…。


私はコンタクトをしないとほぼ目が見えないので(笑)

起きたら鏡の前に立つのはその作業をする1~2分だけ。


顔も洗わず髪もぼさぼさで見送っています。

朝から疲れた主婦全開ってところです(苦笑)。


仕方ないよね、私が原因なのだから。

旦那はこれから戦場、私は休息をもらうわけだから

それも当たり前だ。と思っていました。


過日、冗談で「顔も洗わずぼっさぼさやね~私。あはは。」

って言ったら、


さらっと「いつものことじゃんー」的な返しをくらいました。


改めて言われると少々カチンんときますねー。

したくてそうしてる訳じゃないんだけどなー!


旦那にはそれでいいけど

子供が覚えてるかあちゃんの姿がこれだったらちょっと悲しいな…(笑)!



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昨日、なんとか予約を取り直して行けましたー!

そしてちょっとだけ薬が減りました。


それはまた今度書くこととして。


旦那は欲望にとても素直で、ほとんど我慢しなくてうらやましい。

もう、ある意味皮肉です(笑)。


例えば、
眠たくなったらいつでも「昼寝します…」


要するに、今それをやられたところです(苦笑)。

当分起きないから子供の面倒はよろしくってことだ。


これが何も考えずに言えて、まかり通るの、いいなぁ。

(というか実家でそういう育ち方をしてきたんだろう。)

なんだか、もうそういった「スキル」のようにさえ思えて仕方ない…。


私も言えるもんなら

子供のことなんか気にしないでするっとこんなこと言ってみたいです。

で、旦那のように全てを無視して2~3時間真昼間から布団にもぐってみたい。

できないけど。


あーイライラしちゃうわぁ…!



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その間に、精神科を受診しました。


そうするために乗り越える壁が二つ。


1.旦那の同意を得る
2.年末休み直前になんとか病院を受診したい


1は、おっかしいですねー変ですねー。
自分で書いていて、ハァ?って今でも思いますが
ウチはそうだったんです。


「お前は心が弱くて、一度精神科とか行ったりして
病名が付いたり薬なんぞ貰おうものならそれに甘えて
一生そこから抜け出せなくなるから行くな」


というのが彼の主張です。


彼がとにかく私の話を傾聴することによって
事態は解決すると思っていたようで、
言ってやりたかったことから言いたくない子ども時代の
過去のことまで聴取されました(苦笑)。


私は正直嫌だったんですが、
逆に「色々聞けた」と旦那の満足度の方が高かったかも?


それでも、確かこのあたりの日々私は「死にたい」と
連呼していてさすがに旦那もおかしいと思ったようです。


最終的に「気は進まないけど行きたいならどうぞ」って
いうような回答を得たと思います。


2は、私はここが地元でなく口コミ情報などを全く知らず…。
なのでまずは病院探しから。
行政に電話して医療機関を紹介してもらおうと試みました。


結果からいうと、あてになりませんでした。
確かに、個人的オススメなんて教えたら公共機関として
公平じゃなくなっちゃいますもんね。
とはいっても「それ以上はちょっと…」の多いこと(苦笑)。


えっと、愚痴はそこまでにして。


とりあえず「距離的に通える圏内」で機械的に
ピックアップしてもらった医院に何件か電話。


初診の予約は、なかなか取れないものなんですね。
結局そのうちの1件で、泣いて話にならないけど全部話して…
事情を汲んでもらいなんとか数日内に診てもらうことができました。


身だしなみも、一生のうちでこんなに
気にしないことがないくらいのもので行き、
何を話したのかももう覚えていません。


先生も、病名などのはっきりしたものは言いませんでした。


覚えているのは、


「お子さんが保育園に入れられる地区(うちのあたりは激戦区なので)

でしたらそうできるような診断書はすぐ出します。」

とすぐ言ってもらったことと、


「薬をちゃんと飲んで、まずは眠って下さい。

眠れないのは相当堪えますから。」


と言ってくれたこと。


少しだけ気持ちが軽くなりました。


そして…。無責任ながらも吐き出させて下さい。
とにかく娘の居なくなった家は突然怖いくらい静かになって、
いてもたってもいられかったです。


自分に酔いながら言えば、
体はあんなにちっちゃいのに存在はあんなに大きかった
というところです。


とにかく1日中リビングの1点に座って
「あの子がいない!あの子に会えない!」
娘の生活道具を見ながら泣いていたと思います。
怒鳴っておいてほんとに身勝手なのにね。



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