息子は生まれた時から大きめの子だった。
3月生まれの割に、4月生まれの子とさほど差を感じることがないほどに大きかった。
単純に言えば見かけ年齢は当時から1~2歳は上に見られる。
知的発達に関しても特に問題はない。
3月生まれということでとても気にはしていたが、中の上位のところをふらふらしている。
十分だと思っている。 もっとひどい状況になると思っていたから。
特に小学校低学年のうちは周りについていければラッキーだと言われていたから。

言葉の発生は早かった。
周りが1文字語(パパ・ママ・ワンワンなど)を話していた頃には既に2~3文字語を話していた。
小学校からインターナショナルスクールに通っているが、今では完全なるバイリンガルだ。
どうしても母語である日本語に寄ってはいるものの、それでも2ヶ月単身で短期留学しても全く言葉で不自由することはなかったようだ。(ホストファミリーが言っていたからその通りだと思う。)

そんな息子に異変を感じたのは留学先から戻ってきた時だった。
おでこにものすごいニキビができていた。
はじめはアメリカの食生活のせいかと思っていたが、日本に帰ってきてからもよくなったり、悪化したりの繰り返しだった。
皮膚科をすぐに受診したが、「最近のこどもは早熟だから」という話だけで終わってしまった。 夫に早すぎると訴えたが、こんなものじゃないかと言われるばかり。
そうこうしている間に息子から「毛が生えてきた」と言われた。
9歳5ヶ月。 陰毛発生には早すぎると年齢だ。

再度夫に訴えるが気にしすぎたといわれた。 もともと体格の良い子(背が高い、ローレル指数は112.53)だから平均値のドリフトが起きているためだと思っていた。
それでも陰毛発生は第二次性徴の中期に起きることだ。
男児で9歳ということを考えるとやはり早すぎると。
数回に渡り夫に訴えた。 夫が納得してすぐにかかりつけの小児科に電話をしてみてもらえるかを確認し、予約を取った。
1回目の診療では少し早いけど、問題ないと思うといわれた。
1回目の診療時に受けそびれていたおたふくかぜとインフルの予防接種を受けた。

インフルの追加接種で受診した時に医師から、 「やはり気になって知り合いの小児内分泌科医にコンサルしたら、まず全身状態をチェクして連絡してくれと言われているから一回全身を確認させてくれ。」 といわれた。
ドキッとした。
とりあえず全身状態の所見をまとめ、かかりつけ医の知り合いの専門医にコンサルして何かあったら連絡するといわれた。

しばらく連絡がなかったのでホッとしていたのだが、年あ明けてから見知らぬ番号から連絡が。
電話を受けると小児科のかかりつけ医だった。
やはり思春期早発症の条件にマッチングするから早めに専門医にかかった方が良いとの指南だった。
ビンゴだった。

小児科医になりたかった時代もあり、小児医学書を趣味で読んでていた時代があった。
その時の記憶が頭の片隅にあった。
その記憶と息子の成長にずっと違和感を感じてはいた。
特に男児の思春期早発症は難しいことも知っていた。

とりあえずかかりつけ医からこども医療センターの紹介状を書いてもらい、医療センターからの返信待ちです。
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お久しぶりです。
というかこのブログを読んでくださっているかたがいるかが微妙だけど。

おかげさまで薬の飲み忘れもなく、毎日何となく過ごしています。
ここ最近では気分の波の小さくなり、薬を飲んでいるということ以外は鬱になる前とあまり変わらない生活をしています。
もうすぐ鬱を発病して1年が経ちます。
1年前のわたしは前を見て歩くことすらできず、たまに空を見上げても明日が来ることが嫌だった。
大好きな家族はわたしの感情のはけ口になっていた。

気が付けば感情的になることがほぼなくなった。
以前の自分を取り戻しつつある。
どちらかというと人から冷たいと言われ続けた人生で、初めて他人に対して声を荒げた。
どうしようもない衝動を抑えきれず会社の人間に怒鳴った。
周りは驚いていた。
ヘラヘラしている姿を見ることはあっても、感情をむき出しにするわたしの姿を見たのは初めてだったから。
自分でも驚いた。
それでも嫌という程に湧き出てくるどす黒い感情が止まらない。
泣きそうになるのを必死にこらえながら、ヒステリックに喚き散らしている。

今思えば倒れたのはその直後だった。
最後のパワーをそこで使ってしまったかのようだった。
プチンと電源が落ちた。
人間も充電池みたいなものなのかもしれない。
適度に放電して、充電して。
充電し忘れて気が付いたらレッドシグナルがついてる。
でも自分じゃわからないから、そのまま使い続けて、ある日気が付いたら電池切れ。
本当に電源が切れたとしか思えない瞬間だった。

でも生きていく上で最低限の予備バッテリーで稼働している状態というのは、とても酷なものだ。
CPU(脳機能)は生きていく上で必要な最低限のレベルで動いているから、感情は常に暴走する。
PCのセーフモードに似ているけれど、あれは最低限の機能だけ生かして、他は機能しないけれど、人間のそれは放置されるから辛い。
体もモーター(筋肉)を動かすための余力はないから、動こうと思っても動けない。
感情は暴走、体は動かない。
もう何がどうなっているのか自分でもわからない。

そんな1年前と比べると今はまるで生き返ったようだ。
晴れた日、空を見上げても気持ちが良いと思える。
人間らしい当たり前の感情が持てるということのありがたさ。
毎日を平凡に暮らせることのありがたさ。
毎日に感謝である。

きっとわたしの鬱は、このことをわたしに伝えるためだったんだろう。