精神科の待ち合いで待っている間もずっと流れ出てくる涙。
今思えば異様な状況ですね。

車を運転できる状況ではなかったので、病院まではダンナ様に連れてきてもらいましたが、休んでもらうのも申し訳なく、ひとりで大丈夫と言い切りひとりで受診していましたから、ひとりで待ち合いでシクシクなくオバサン。
異様です(笑)
まあね、そもそも同じ様な状況の人ばかりの診療科ですから何とも言えませんが。

先ずは心理士の方のヒアリング。
色々聞かれた気がしますが、泣きじゃくって何を話したか覚えていません。
ただ辛い、辛いと訴えていた様な。
その流れで担当医の診察に入ります。
少し質問を受けてからひと言、「今のdepressionさんはうつ病を発症している状況です。直ぐに抗鬱剤の治療を開始したほうが良いと思います」と言われました。
私が想像していた、心理テストや問診があるわけでもなく、キッパリと言い切られました。
どこかでそうなんじゃないかという思いもあったけれど、いざ言い切られてしまうと絶望感に苛まれました。
ひとつだけ確認された事が「死んでしまいたいとか、いなくなりたい、消してしまいたいという気持ちはありますか?」という事でしたが私はどう答えたか覚えていません。
大学病院でしたが、精神科病棟を持たない病院でしたので基本通院治療になります。
入院が必要となれば関連病院への転院となるようですが、入院治療が必要とまではされなかったので、死んでしまいたいとは口にしなかったのでしょうね。

この日からSSRI(レクサプロ)と抗不安剤(デパス)による本格的な鬱に対する治療が開始されました。
1人家にいる時間が増えると、今度は落ち着かないと同時に不安が押し寄せてきます。
特に朝、息子と一緒に駅まで散歩して、送り出した後、1人家に戻るのが辛い。
颯爽と出勤していく人の間を、駅とは逆方向に歩く自分が情けなくて情けなくて、泣き出したくなる気持ちを必死に抑えて家に戻ってからひとり泣くという事の繰り返し。

そこから息子が戻ってくるまで何をしていたのかは今でもハッキリしません。
多分何もしていなかったのでしょうが、曖昧です。

抑肝散の服用を始めて2週間、服用開始後初めての受診日。
診察室に入る前から涙が止まりません。
診察室に入ったら、ごめんなさい、ごめんなさいと何故だか謝りながら泣いている自分がいます。
そんな私を見て「大丈夫だよ。症状を甘く診てしまった僕が悪かったね。行きにくいかも知れないけど精神科の先生の所へ行こうね。絶対に治るから。」と転科手続きがされました。

こうして精神科へ転科し、うつ病という診断を下される事になります。
抑肝散を飲んでいましたが、治らない制御不可能な自分の感情。
襲われる疲労感。
ただ心のどこかで「頑張ろう」と思っていると動けるのです。

時期的に息子が冬休み中だったので一緒にいたのだけれど、宿題のフォローや、ちょっとした遊びや食事の支度も「やらなければ」という使命感の様な感情がカンフル剤となっていたのかも知れません。
息子にこれ以上無様な格好を見せられないというのもあったのかも知れません。
心配もかけられない。
今思えばこの時期は多動気味だった様な気がします。
とにかく何かをしていないと落ち着かない。
無意識なのか意識的なのか、コーヒーを多飲していた気もします。
コーヒーのカフェインの効果で気持ちが上がってくるのをどこかで感じ取っていたのかも知れません。

ちょっとした汚れも気になる、匂いが気になる。
床掃除、トイレ掃除、キッチン掃除ずっと掃除をしていた気がします。
調度ダンナ様が出張で家を空ける間、心配だからと実家の母が来てくれたのですが、
「こんなに掃除好きだったの?」
と言われた事を覚えています。
掃除好きというよりは、じっとしていれないとは言えず、答えを濁しました。

息子の休みも終わり、母も戻り、私の状況は更に悪化していきました。