今日は朝から雨だった。
一昨日、ママ友との食事会があり、昨日は疲れたのか午前中の体調がイマイチだったので、今日はジムに行って体を動かしたかった。
最近、体を少し動かして汗をかくと翌日の体調が良い気がする。
気がするだけかもしれないけど、間違いなく睡眠の質は良くなる気がする。

なので、ダンナ様に一緒に家を出ると前日に伝えていたのだけれど・・・

目が覚めたのは7時!
最遅記録更新です。
と喜んでる場合ではない。
ダンナ様を起こさなければっ!
寝坊したっと思いふと横を見ると、そこはもぬけの殻。

あれ?

おふとんを出ると、人のいる気配がない。
外は大雨。

ダンナ様にメールをすると、
「珍しく爆睡していたし、外は大雨だったからそのままにして先に出た」
と。

ありがたいやら、迷惑やら・・・。
仕方なくバスで駅まで行きました。

寝起きにプチパニックはかなり疲れる事象です(笑)
そんな日もたまにはいいのかなと思いつつ、おやすみなさい。
ママ友に誘われて、お食事をしました。
とは言え、うつであることも言えず、休職中であることも言えず、なんとなくはぐらかしながら飲酒を回避し、ただ聞き手に回る。
そんなだったら断れば・・・と思われそうだけれど、これまで何度となく断ってきた。
あまりに断りづ付けるのも角が立つので、何度かに一度参加する。

その食事会の中の会話は、やはりその場にいない人の噂話。
まあ当たり前といっちゃ、当たり前か。

そこで気がついたのは、
なんとなく遠まわしに自分が褒められるように話を持っていくことに長けた人が居るということ。

聞き手は
「いいよね、○○ちゃんは成績がいいから」
「○○さんのお宅は余裕がありそうで羨ましい」

などと、フェイスブックでいいねをポチっとするような感覚で相手を褒めちぎる。
で決まって「そんなことないよぉ~」と満更でもない。

とにかく褒められたい。
誰よりも自分の置かれた環境が恵まれているということを他人から認められたい
その欲求が高いとヒシヒシと感じる。

往々にして自分に自信がないために、家族にその穴埋めを求めるのだろう。
私の場合は自分の自信がどんどん失われ、それを家族に求めることができなかった。
自分を自分が求める高さまで持ち上げようと足掻いた挙句のこの始末。

じゃあ世のママたちは、自分の穴埋めを家族に求めるからストレスはないのか?
多分自分に求める以上にストレスは高いはずだ。
だって、家族とは言え他の人格なんだから。

ママカーストとはきっと、認められたいママたちが築き上げた虚構に過ぎないのだと思う。
自分自身で闘うことができないから、パートナーの勤務先や年収、子供の成績や学校。
比べられるものをこれでもかといったくらいに並べ上げ、競い合う。
でもそこに主体はないから、自分ではどうにもならない。
でも総体的に自分が恵まれていることを確認したい、安心したい。
辛い戦いだと思う。

だから完全に否定できないのも事実。
彼女たちはとても苦しんでいる。
でも諦められない。
相対的にしか自分を評価できないのだから結論は出ない。
場所が変われば評価対象も変わるから。

ということを改めて感じた時間だった。
今週に入ってから、英会話の勉強を再開しました。
とは言っても、まだ対面ではなく、Podcastを使ったり、TEDを使ったりの独学レベルです。

息子が渡米して以降、全くと言って良いほど英語に触れていませんでした。
かなり好きだったアメドラも、何とな見ていても楽しくない。
それは今でもそうなんです。
40分以上集中できないというか、画面の向こうで繰り広げられる英語のやりに集中できない。
字幕を出してしまうと目がそっちへ行ってしまう。
気がつけば、邦画や日本のドラマばかり選んでいる。

ジムへ行こうとダンナ様と一緒に家を出た時に、時間つぶしに立ち寄るカフェでふと目にしたPodcastが、10分くらいのやり取りをシチュエーションごとにまとめられていて、その上内容は初心者向き、スピードはネイティヴ。
お気楽に聞き流せる感じで始めてみたら、なかなか良い。

たった2ヶ月ほぼ英語から離れていただけなのに、こんなに落ちるものかとそれもびっくり。
やっぱりぼーっとワイドショウを観ていてはいけないんだなぁと実感。

これが習慣化して、少しずつ集中力が戻ってくるといいな。
緊張感のある場所で、集中力を保つことの難しさって、こうなってみないと気がつかないことかも。
この経験が何かで生かされたら良いなとも思います。