今日は定期受診の日。
前回の受診時は、会社から会って話がしたいと言われた直後であったり、思うように行かない自分の感情の乱高下に悩んでいた時でしたが、この1ヶ月は小さな波はあったにせよ、比較的落ち着いた生活を送れていたように感じます。
この1ヶ月、大きな波に襲われることなく生活できたら、無理をしない範囲で息子を迎えに行く許可を出してくれこととなっていました。
渡航日程や、生活上の制約等細かい指示は受けましたが、1ヶ月間うまく生活をコントロールできたということでOKをいただくことができました。
うれしい。
これをきっかけに、2ヶ月、3ヶ月と安定した時間が少しずつでも長くなっていくといいな。
ただ気になるのが、休職をいただいている身である上で息子を迎えに行くという理由があるにせよ、海外に行っても良いものなのだろうかということ。
担当医に相談したところ、目的が明らかな旅行ではないこと、1ヶ月間の猶予期間にきちんと体調のコントロールを試みれたこと、迎えに行きたいという意欲が出てきたということ全てを総合して、治療の一環として捉えますと。
ただこの渡航期間中に悪化が見られたらひとつステップを戻しましょうと言うことでした。
そうならない為にも無理をしない、睡眠時間、休息時間をきっちりと確保する、薬の服用を忘れないということを確認しました。

私としても1ヶ月間であってもコントロールできたということは少し自信にもつながったようにきがします。

遅ればせながら、昨日の日記。
なんだろう、ここ最近疲れが抜けないのは暑さのせいなのか…。

何を思ったか、大掃除をしました。
特に意味はないけれど、息子がいない間に家中を綺麗にしたかったのかもしれない。
リビングの床ふき、ワックス。家中のカーテンを洗い、お布団を干し、シーツ類を洗い、寝室の模様替え。
熱中症すれすれの状態でやりました。
困ったのは、ダンナ様の明らかに数年着ていない服類の整理。
無断で捨ててしまえば良いのだけれど、それができないのが私なのだ。

捨て候補の洋服達を山積みにし、ダンナ様の帰宅を待っていたけれど、仕事が長引き帰宅したのはかなり遅くなってから。
家の大掃除をしていらなさそうな洋服が山のように出てきたんだけど…。
明らかに怪訝そうなダンナ様。
そう、彼は洋服が捨てられないオトコなのだ。
彼から帰ってきた言葉は「捨てていいよ、捨てたいんでしょ」
ちがう、捨てていいかどうかを確認したかっただけなのに、何という言い分だ。
急に悲しくなってきた。
寝室で分別をしていたから、家具の配置換えも気づいているはず。
なのに何も触れない。

きっとどこかで彼の反応を期待していたんだと思う。
期待するから、期待通りの反応が返ってこないと落ち込むのだ。

期待しないというのはなんだか哀しいイメージもあるけれど、ある意味期待というのは利己的な思い込みであって、相手にそれを要求するものではないようにも感じる。
期待しなければ、どんな反応が返ってきてもショックを受けることはない。

しかも2日後に控えた息子のピックアップの為の渡航準備をしなければならないのに、やっていたのは大掃除。
そりゃ長時間勤務を終えて帰宅したダンナ様はイラっとするだろうな。

思考のパターンを変えるだできっと楽になるんだろうと感じた瞬間でもありました。
3歳の頃からピアノ、小学校に入ってからエレクトーンも並行してレッスンを受けていました。
レッスンは大学卒業するまで継続していました。
そのくらい音楽が好きでした。
毎日の生活に音楽は欠かせないものでした。
Jポップ、洋楽、R&B、ジャズ、クラッシック、なんでも聴きました。
幸い職場も音楽を聴きながらの作業を認めていたので、その日の気分、体調、仕事の内容に合わせて選ぶ事も楽しみのひとつでした。

それが体調を崩してから、音楽を聴かなくなりました。
まず興味が持てない、聴くと集中できない。
どんなに大好きだった曲を聴いてもダメです。

治療を開始してからも、音楽を聴き始めたのはつい最近。
きっかけはLINEミュージックやAppleミュージックのサービスが開始され、物は試しで手を出してみた事。
それでも昔聴いていた曲をただ流しているだけ。
とくに音に対する反応はいたってフラットな状態。

それがここ数日、急に?自分のココロが音に対して反応するようになってきたように感じます。
ジムでトレッドミルをしている時に、歩行速度に合う曲を選曲して歩いていると次第に楽しくなってくる。
ランダム選曲のチャンネルで聴いている時、一青窈さんのハナミズキが流れてきた時、自然に涙が。
悲しい、苦しい、不安といったネガティヴな涙でない涙が出たのはいつぶりでしょうか。

嬉しかったです、
少しずつ自分のココロが平常を取り戻しつつあるという事を実感できました。