一番思い出したくない感情のひとつがこれだと思う。
友人からの相談を聞いていて一気にフラッシュバックした。

多分倒れる寸前の時期だったと思う。
朝夕の通勤時間に度々人身事故で電車が止まった。
アナウンスが入るたびに、またか…と思っていたのだけれど、いつの頃からか羨ましいなと思うようになってきた。
でも死にたいと思うわけじゃない。
辛いと感じているわけでもない。
なんでだかわからないけど、羨ましいと感じるのだ。
電車がホームに入ってくるたびに、その先頭車両をじっとみつめる。
乗らなければいけない電車に乗らずに、ずっとそれを繰り返している。
今思えば正常な精神状態ではなかった。
でもふとした瞬間に、乗らなきゃと我に帰る。
帰宅時はそんな事はなかった。

地下鉄だったか、ホームが狭い路線に乗った時、自分とすれすれの距離に電車が走っている。
後一歩前に踏み出せばと思ったとき、急にリアルな恐怖に包まれた。
それ以来、壁や柱に背中を密着させるようになった。
死にたいと思うのは無意識、死にたくないと思うのは自分。
その意識の葛藤の中で戦うのは辛かった。
死にたいけど、死にたくない。
この究極の相反の中でどうすればよいのかわからなかった。

その後、医師から死にたいと思った事はあるかとの質問に「いいえ」と答えたのは自分の顕在意識。
当時の自分の曖昧な思考状態で、死にたいという感情に蓋をしていたのかもしれない。

うつの希死念慮は怖いと思う。
死にたいという感情は自分の意識が起こしているものではないかもしれないから。

約2ヶ月振りに大波に襲われていました。
天候なのか、そうでないのか。
こんなに動けない自分に嫌気を感じながらの10日間でした。

下降調子に入ったのにはやっぱりきっかけが。
友人の相談ごとを聞いてから。
友人の友達の娘さんが亡くなり、私、娘の所に行きたいと連絡が来ると。
話を聞くと娘さんがなくなったのは3ヶ月前。
なのにここ最近になって急に連絡が頻繁に来るようになったらしい。
友人は彼女の鬱を心配していたけれど、私には違和感しかなかった。
何故なら、鬱で症状がひどい時人に自分の事を人に言うパワーすらない。と言うか、自分の体調や状態を把握する事すらできない。(自分の場合)
なのに彼女は頻繁にLINEで、死にたい、眠れない、食べられない、悲しいといった事を伝えてくるらしい。
単なるかまってちゃんじゃないの?
娘さんが亡くなって3ヶ月。
近しい人達も少しづつ彼女との距離感も通常に戻り始める頃だろう。
それまでは常に気遣ってくれていた人が離れていく寂しさから、遠くに住む友人に救いの手を求めたのだろう。

そんな話を延々と聞いた後、何だかどっと疲れを感じた。
死にたいなら勝手に死ねばいい。
本当に死にたいと思った時は口にはできないはずだ。
自分の寂しさを紛らわしたいだけで安易に死にたいなんて言うな。
それが私の率直な思いだ。
本当に死にたいと思った瞬間、ハッと我に返り恐怖に苛まれることを経験していないから安易に口にできるんだ。
本当に嫌な気分だった。

この電車に飛び込めば楽になる。
そう思いながら何本も電車を見送ったあの時の自分が蘇ってきた。


ここ最近調子が安定しません。
悪いわけではないのだけど、ちょっとしたことでブレてしまう。
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせて、これの落ち込みは気のせいと言い聞かせ、深い呼吸に集中するように意識する。

大体はしばらくすると落ち着いてくるようになってきたけれど、元までは戻らず、ダラダラと引きずっている。
ちょっと前までは振幅の乱高下に振り回されていたけれど、最近は振幅というよりも周期が長くなっているような気がする。
考え方によっては落ち着いている方向なんだろうけど、これはコレでキツいな。
ダラダラ落ちて、ダラダラ戻る。
これは良い傾向なのか、悪い傾向なのか。

最近調子が良いことにあぐらをかいて、睡眠時間が減っているのは間違いない。
ちょっと自分の生活をもう一度見直そう。

っていうか、睡眠が減っているって7時間が5時間にってくらい。
本当に社会復帰できるのかな…。