ワタシは事なかれ主義だ。
できるだけ争いたくない、
だから受験時期は本当に嫌だった。
幸いなのかどうなのか、勉強では苦労したことがなかった。
ワタシの通っていた学校では、定期テストの結果が廊下に張り出される。
こちらにその気が無くとも、敵意を剥き出しにするクラスメイトがいた。
心無い事もたくさん言われた。
ワタシには同じ年の父方の従兄弟がいる。
彼は決して成績優秀とは言えない。
それを叔母は良く思わない。
父方の祖父も内孫が可愛いのか、大正生まれの常套句かの如く、女のくせにとよく言われた。
成績表を見せたところで粗探しが始まる。
だから成績表を見せたくなかったが、見せなかったことで何か言われるのがもっと嫌で見せるしか他なかった。
もっとも、反抗したところで怒られるのは私ではなく、母であったから、反抗できなかった。
大学時代は楽しかった。
そこには自由があった。
ある意味これまでの競争のゴール地点であるから、そこには競争が無かった。
自分に対する敵意を感じたくないし、良い子でいたい自分が、争いから逃げるという一番簡単な逃げ道を作ったんだと思う。
人と比較され、優劣を付けられるのが何よりも嫌だ。
だから子供も1人と決めた。
会社でもいわゆるいじられ役に徹した。
できる女である必要はない。
マスコットで良い。
でも子供が小学校に上がり、今度は子供と言う駒で母親同士の競争がそこには存在した。
更にはパートナーの職業、住んでいる地域、乗っている車、あらゆる駒で彼女らは優劣を付けたがる。
だから息子には申し訳ないが、あまり目立っては欲しくなかった。
しかし喜ばしい事ではあるけれど、彼は良い意味で目立つ。
結果的に、母親達から受ける嫌味の応酬はワタシの居場所をどんどん奪っていった。
ママ友という友達は存在し得ないと言い切る心理学者、精神科医は多いが、本当にそうであると実感した。
彼女らは、相手が自分よりも優位に立った瞬間、手の平を返したように冷たくなる。
信じてはいけないんだ…と、悲しくなった。