健康保険に加入していれば、労務不能となった段階で健康保険から傷病手当金が出ます。
初めての申請です。
当然ですが医師の記入欄があるので、病院に申請書作成をお願いしなければなりません。

ワタシの場合、

倒れた時に近くの市立病院に行き、内科と耳鼻科を受診して「異常なし」という診断。
水曜だったのですが、会社に連絡をするとその週いっぱい休みを取るようにと。

週が明けても一向に良くならず、もしや更年期障害なのは・・・とかかりつけの婦人科へ。
そこでも婦人科的な異状も無いし、更年期と言える状態でも無いけれど、状態があまりに辛そうだからと今の大学病院を紹介され大学病院へ行くこととなります。

翌日、紹介状を持って大学病院への通院が始まるわけですが、ここに至るまでに3件の病院をはしごしています。

この時点で休暇が長引きそうであることから、有給ではなく欠勤とし傷病手当を申請するということで会社の総務の方で手続きが開始されまhした。
(復帰した時に1日でも有給残数が多い方が良いであろうという心遣いです。)

・・・で、1度目の傷病手当の申請をすることとなるのですが、休暇開始から受診した3件の病院の証明が必要だと。

大学病院は当然のことながら問題なし。
婦人科の病院も、大学病院を紹介したという旨の記載をしてもらって問題なし。
問題は最初の市立病院です。

「異常なし」という診断のあと、別の病院で「重症うつ」と診断されているわけですから立場がないわけです。
しかも現在の担当医は、意識喪失の時点でうつ病性昏迷が疑われるとはっきり言ってしまっているわけですから、市立病院はそこで見逃しを認めるわけにはいかないのか、「書けません」と開き直り。

この時点で私は、現在の医師からの診断書、意見書を手に持っています。
主人は開き直る病院側に対し、印籠をかざすかのように詰め寄りますが「書けません」の一点張り。

信じられない。
別に私は見逃しを責めるつもりも、訴えるつもりもない、ただ傷病手当申請書を書いてくれとお願いしているだけなのに、なぜ拒否するんだ・・・。

実際に大学病院に転院して内科を受けるのですが、そこで精神科への転科までに約1ヶ月を要しています。
そのくらい難しいというのは理解しています。

数日分の手当金のためにこれ以上辛い思いはしたくない。
それがその時の正直な気持ち。

うつのような精神科的疾患の場合、主訴が内科的であるために内科に行きがちだと聞きます。
不定愁訴、自律神経失調症とまとめられ、結局良くならずドクターショッピングに陥ることが少なくないと。
そのような人の中には仕事をしている人もいることでしょう。

毎日の生活でいっぱいいっぱいなうつ病患者にとって、このシステムは辛すぎる。
家族が手伝ってくれたから良かったけれど、それさえも期待できない人にとっては辛いだけのことではないのでしょうか。



ママ友さんからランチや飲み会のお誘いをいただきました。
どれもお断りしなければならないのが残念です。

飲み会はお酒がNGな状況なので仕方ないですが、ランチは・・・と思ったのですがまだ時期尚早だと主治医に言われたばかりなので・・・。

ママ友さんたちとのお付き合いは、ワタシには正直重荷なのですが、それでも彼女たちのお話を聞いているのは楽しい。
話に目的も結論もなく、ただ同じ内容の話の対象を変えてずっと堂々巡りしている。
でも楽しそうなんですね。
それが時にターゲットとされた人に対する誹謗中傷になったりすることもあるけれど・・・。

ママさんたちはとにかく共有する情報が欲しいのでしょうね。
ママさんたちは共感し合いたいのでしょうね。

また彼女たちと一緒にランチをしたり、お酒を飲んだりしたいものです。

4ヶ月ぶりのPC操作。
ずっとスマホかタブレットから書いていたけれど、PCを使ってみようかなという気分になった。
また一歩前進かな?
とは言っても、20年近くPCとお友達状態で、職場でもタイピングの正確さと速さでは定評のあったワタシのタイピング、かなり素人状態です。
あ、そうでなくて、思考スピードが落ちているからこれが今のワタシのスピードなのかも。
会話、思考のスピードでタイピングができたワタシ。
そう考えると、自分の思考のスピードを客観しできるツールの一つなのかも?

何かで
「うつ病の体験記を読んでみるのも良い」
というのを目にして、そこでオススメしていた元アナウンサーの丸岡いずみさんの闘病記を買って読んでみた。

感想というのは特にないけれど、男性社会で気張って仕事をしているアラフォーという点で親近感を覚えた。
ワタシは彼女ほど過酷な職場では無いし、そこまで仕事をに駆ける感は自分では持っていなかったから彼女の境遇と自分を並べるのはどうかと思うけれど、自分と同じだと思える所も多くあった。

特にうつ病は心の風邪なんて言えるほど甘いもんじゃない

というところ。

とにかく苦しい、この苦しみから解放されるなら死んだほうがマシかもと思う程苦しい。
自分で自分がコントロールできなくなる恐怖感、焦燥感、言葉ではうまく表せない程の苦しみです。

雑誌等で目にしていたうつの兆候なんて、あんなの嘘だ!と思えてしまう。

彼女とワタシの唯一の違いは、服薬に対する抵抗感がなかったこと。
抵抗感がなかったといえば嘘になるけれど、この地獄から抜けられるなら何でもやりますというスタンスだった。

ただ薬局で薬を受け取った時に薬剤師から言われた

「かなりの確率で吐き気などの胃腸症状が出ます。辛いかもしれないけど飲み続けてください」

と言われた一言にビビり、初めて服用する時に口に入れるまで1時以上かかった。
手に一粒の抗うつ剤を握ったまま、ずっと泣いていた。
今でも覚えている。
主人に背中をさすられながら、ただ泣いていた。

その時主人が、一緒に服用するように渡されていた安定剤を先に飲むように促してくれた。
そう、パニックを起こしている自分の思考に何を言い聞かせたところで前には進まない。
それに主人は気付いてくれた。

「何もそれだけを飲まなくても、こっちから飲めば?これ、副作用少ないんでしょ?」

と私の手から抗うつ剤を取り上げ、代わりに安定剤を乗せてくれた。
彼の作戦は大成功だった。
あんなに飲むのが怖かったのに、安定剤が効いてきた頃からその恐怖感が薄れてきた。
あの恐怖感は制御不能になった自分の脳が暴走していただけだけだったのだ。

結局、最初に処方されたSSRIという抗うつ剤が自分にマッチし、少しずつ気持ちが軽くなってくることが実感できた。
ただ信じられないほど寝た。
日中、ただひたすら寝た。
夜も途中で起きたり、朝早く起きることは多けれど寝られるようになってきた。

丸岡いずみさんも言っているけれど、抗うつ剤は飲むべきだと私も思います。
抗うつ剤、特にSSRIを完全否定する記事を目にすることも多いけれど、飲むことでワタシは快方に向かっています。
服用を開始するまでの1ヶ月感は日に日に状態が悪くなるのが実感できる程だったのに、服用を開始してブレーキが掛かり、徐々に自分が戻ってくることが実感できています。

否定する前に受け入れる、この姿勢がうつ病を克服するためには必要なんだろうなと実感しています。