あけましておめでとうございます。


今年もよろしくお願いします音譜

明日から実家に帰ることになりました。

実家はインターネットがつながらないので1月4日くらいまで、ブログの更新、ペタ等ができなくなってしまいます。


来年もお付き合いよろしくお願いいたします。

この年になって驚くのは、自分の周りに親の意見に左右されて自分の道を決めてしまう人が多いように感じるんです。


確かに人のアドバイスを聞くのは大切だし、聞く耳を持たないのは失敗の確率を高める結果になると思うんですよねぇ。


でも、アドバイスをそのとおりに実行するのと

もらったアドバイスを加味して再考したうえで自分で道を選んでいくのとではだいぶ違うと思うのでぃす。


特に親なんかは、自分のことを大切に思ってくれているのはわかるのですが、いかんせん時代が変わって、同じ生き方では同じような人生を送ることは難しいと思うんですよねぇ。


自分で選んだ道なら、失敗しても認めることができるでしょう。

そんな自分の中に芯を持った人があまり多くはないのだということを思い知っている今日この頃なわけです。(自分の周りだけかもしれませんがww)


芯のある人ってかっこよく人を引き付ける力を持ってるような気がします。

ブーイングを浴びせる人もいるだろうけど、本気で応援してくれる人も増えると思うんですよねぇ。


自分の意志なしに、他人のアドバイスばかりを優先すると他人の価値観、人生をなぞるだけの人生になってしまいますよ っと。

本田⊿





人と意見が対立する時がある。

そんな時は、話し合い、妥協点を探っていくという行動をとることになるわけです。

そして、どこかふに落ちない部分があったとしてもそれが集団の意見としてあつかわれることになる。


人が集まるとよくある場面ですねぇ。



自分は、真に人と人が分かりあうことはできないだろう とおもっているのです。

そこの価値観の違いがあるからです。


たとえば、若くして結婚し、早くから子供を授かり、家族のために毎日必死で働くことが幸せだと感じている人がいます。


反対に、早くから結婚するなんて、経済的に厳しいだろうし、若いうちは自由でいたいという人もいるでしょう。

この人は、若くして結婚した人の話などを聞くと、理解できないながらも「おめでとう」と言わなければならないわけです。


これが価値観の違いです。自分の持っている価値観を他人にストレートに表現してしまうと、ぶつかってしまうことは目に見えているので、そこは価値観の違いをみとめているのですねぇ。


では、価値観を共有できる人っているのでしょうか。


無理だと思います。


ある部分で、たとえば上に書いた結婚について同じ価値観を持っていたとしても、お金に対する価値観は違ったりするわけです。


つまり、わかりあえる人 とかっていうのは  「わかりあおう」というお互いの意思があって初めて成り立つもんだと思うんです。


お互い意見が合わない時もあるけど、尊敬できるやつだからなかよくやっていこうみたいな考えがないと人間関係はなかなかうまくいきそうにないなと感じましたとさ

こんなことを考えてみると、どんなに信頼できる関係だと思っていてもすべてはフェイク ってことになりますねぇ。 と。