無駄死に という言葉にはネガティブな意味が込められているように感じるおいらです。
みんな頑張って生きているのだから、その頑張った結果が無駄死にではあまりにかわいそうな気がしたりするからなんでしょう。
でも、おいらは無駄死にってあると思っていたりします。
一番の無駄死にのパターンは、負けるとわかっているのに戦いを挑むというものです。
何回か戦えば1回くらいは勝てる相手に対して、ある策を講じた上で挑むのなら、それは愚かではないでしょう。
でも、何度やっても勝てないような無駄な勝負を、「おれは自分の意思でたたかうんだ!!」という強い信念(おいら個人的には負けに行くわけであって、強い信念というよりは、獣的な低能にも見えたりするわけですが)のもとに犬死にする人もいます。
この方法で無駄死にするときは、できるだけ周りに迷惑がかからないように犬死にするようにしないと、残された人にとっても迷惑となったりすると思うので、状況に応じた自爆方法を選ぶ必要があったりするわけです。
で、無駄死にに美学を感じないおいらとしては、負けそうな時にとる一番の作戦は 走為上
だと思っているわけです。
逃げるのは時に無駄死にすることよりも難しい場合も多いと思うんですねぇ。
なぜなら、今の自分と相手の能力差を見極め、戦うことになるであろう場所、自分が取れる作戦、相手がとってくるであろう作戦 などを総合的に分析し、どの程度の確率で勝ちを拾えるのかを考えた上で、逃げるという作戦をとることになるからです。
「負けるかもな~」でもとりあえず突っ込むという ガンガン行こうぜ 的な作戦は、頭を使わなくても運が良かったり、自分の能力が頭抜けていたりすると勝ち続けられたりします。
ってことで、おいらは逃げられる人は無駄死にする人よりちょっと利口な人なんじゃないかとちょっと思ったりしているです。
おいらの個人的な感覚では、日本では逃げることは卑怯なことであり、勝てないときは我慢しましょう!!みたいなことが美徳とされていて、周りからどう思われるかということが、人を逃げられなくしてしまっていたりするんじゃナイか と。
福島の震災で亡くなった方より、年間の自殺者が多いこの日本で、一番身につけるべき能力は
鈍感力やコミュニケーション力なんかではなく、 逃走力 だと思うのですよ。
ちなみにいざとなったら逃げると考えている人も、いざとなった時には、あまりの忙しさや疲れ、精神的な疲弊などによって決断力が鈍り、逃げだすことができないままに、時間だけが過ぎ、自然死するパターンもあるので周りに、「それは逃げたほうがいいね」といってくれるような軍史を持つこともまた大切だったりするかもしれないです。えぇえぇ。
一度逃げると、次から逃げることに対する不安は薄れてくるので、一度目の逃走をいつ経験するかが大きいと思っていたりするおいらです。
とりあえず、逃げる選択は難しいわけですが、作戦として認められている以上、堂々と使っちゃいましょう と。
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※こっからはちょっと不謹慎なので、無視してくれたほうがいいかもです。
「毎日死にたいんです。」っていうような人がいるみたいなんですが、そういう人の自殺を止めるのはなかなか難しいんじゃないかと思うんですよ。
なのでそんな人たちには、死んでもいいけど死ぬ時は無駄死にしないようにしたほうがいいよ というようにしようと思っているおいらです。
なので、死ぬ時は、自分が死んだあとに自分の死をプラスにしてくれるような人を見つけた上で、意味のある死に方をしましょう と。
「ポルナレフ そのセリフはちがうぞ
あだを討つ時というのは『野郎』なんてセリフを吐くもんじゃあない こ う 言 う ん だ
『我が名は花京院典明』 『我が友人アヴドゥルの無念のために 左にいる友人ポルナレフの妹の魂のやすらぎのために』
『死をもってつぐなわせてやる』」
で有名な
花京院典明
の死 のように