生きていく上で一番役に立つ能力は何かを考えてみたです。

営業力。IT力。運。

いろんな要素があると思ったんですが、漫画 HUNTER×HUNTER のクロロをみて思ったのは、盗むというスキルが一番役に立つのではないかとおもったんですねぇ。

営業力とかのある一つの能力って、現状の環境でだけしか発揮できないものってあると思うんです。

たとえば、営業の会社にずっといてトップだった人が、急に日本中の営業の会社がなくなったら生きていくのは難しいと思うんですよ。えぇえぇ。

それに比べて盗むという能力には汎用性があると思うです。

さまざまな道にその道のプロがいて、その能力を盗むことでどんなことが起こっても生きていける気がしますねぇ。

でも、実際の世の中にスキルハンターなんていう能力はないので、どうやって人から能力を盗むのか?

それは、盗むというより能力を貸してもらえるような人間関係を作ることが大切になってくると思うです。

つまり、実際に生きる上で一番役立つのは「借りる」という能力ってことでとりあえず結論付けたんですが、みんなはどんな能力が一番だと思いますか?

朝令暮改はころころ変わってダメだという意味を帯びている感じがします。

人間は安定を求めるので、とりあえず高やっておけば大丈夫的な普遍的な手段みたいなものを求めがちです。


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ガースナーがIBMのCEOに就任後、わずか一ヶ月後に開かれた年次株主総会は、厳しい株主からの糾弾が吹き荒れ、長く、疲れる総会であった。
総会を終えたガースナーは、社有機でフロリダ州タンパからニューヨークへ向かった。


私はスチュワーデスに頼んだ。
「今日は厳しい一日だった。何か飲みたいのだが」
「まさか、アルコールではないですよね」
「アルコールだよ。いいウォッカはないか」
「IBMの社有機にはアルコールはありません。禁止されています」
「だれに言えば、その規則を変えられるだろう」
「たぶん、ご自分で変えることができると思いますが」
「では変えた。たったいまから新しい規則を適用する」

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会社や国のルールを変えられる人はより一層の責任が伴いますが、個人の決定にも自分ルール的なものが存在していると思うのです。

たとえば、

お酒は絶対にのまないとか

甘いものは絶対に食べないとか

こういう自分の中で決めている(もしくはいままで無意識に身についてきた習慣)を自分で変えていくことで個人や組織を変えることはできるのではないかと考えたのです。えぇ。えぇ。


世の中のほとんどはトライアル&エラーなので、エラーを積み重ねなければ今よりよい手段にたどりつくこともできません。今より悪くなる可能性はなくなりますが。


おいらは個人的に何も考えずに同じ失敗を繰り返すのはバカだとおもうので

昨日の俺と同じだと思うなよ。的な視点でのぞめたらいいと思っています。

昨日の俺と同じだと思うなよ!!といいつつ、「お前、方法を昨日と変えたのはわかるけど、昨日より悪くなってない?」なんてことになったりしても、でも改善を試みたことが相手に伝わったことがうれしかったりするのです。


おいらは変化する人が好きなんです。

おまえ、相変わらずだな ってのが最もつまらない人間だと思うので。

今度会った時にはこの人はどんなことに興味を持って、どんな趣味を始めて、どんな考え方になっているんだろう?そんな予想できないような人に興味があるんです。えぇ。


細胞が日々生まれ変わっているのだから人間は常に生まれ変わっていなければおかしいのです。と






水は一か所にとどまっていると腐ってしまう。

流れ続けなければいけない、腐らないために

腐っても消えてなくなるわけじゃないけれど、腐った水に価値などないから

腐った水は接している水の腐敗をよりすすめてしまう

でも自分が腐っていることに気づく機会は少ない。

水はわき水として生まれたときが一番新鮮だ。

流れていれば腐るスピードは遅くはなるけれど遅かれ早かれだ

時がたてばたつほど栄養価は薄れる

時がたてばたつほどぬるくなり求められることは少なくなる

流れても流れても海にそそいではまた雨となりさまざまなところを旅する

海水となり雨水となり

時がたてばたつほど見た目も中身も変わっていく

どこに行くか分からないがとりあえず流れていく

周りの水に押し流されているのかもしれない

自分の意志とは関係なく、まわりに

水には意思がない

どこに流れつくかはわからない

気づいたら生み出され

流れ始め

いつ終わるのかはわからない


人間と同じ。


でも、生物は水がないと生きていけない。

どんなにぬるい水でも

時に腐った水でも

誰かの喉をうるおすことができるかもしれない


「一匹の羊に率いられた百匹の狼の群れは一頭の狼に率いられた百匹の羊の群れに負ける」なんて言葉があります

自分の能力に自信を持っている人、とくにこの言葉のなかでの一匹のオオカミ的なポジションにあるひとにとっては自分がいないと組織は回らないのではないかという感触が強いです。

また、それが自分の重要度を示す上で必ずしも不快ではない部分もあったりするんですねぇ。


でも、これって組織としては機能的ではないし、羊のほうがオオカミよりうまく采配を取ることもできるかもです。


一匹のオオカミに率いられた羊は、どうしても従うばかりで、絶対的なリーダーシップに頼りきりになってしまいがちな気がするんです。


でも、一匹の羊に率いられたオオカミたちは考えるでしょう。

「あいつに任せきりにするのは危険だ!!組織が崩壊してしまう」と。

そこで羊をリーダーからたたき出すという流れになるのか、羊をうまくフォローしながら組織を回していこうという流れになるのかは羊の人望によるところが大きいとは思いますが、すべてのオオカミが羊をフォローするために考えながら行動し適切な助言を行い、羊が自らの力の不足を認識し、狼たちの助言に耳を傾ける柔軟さを持ちえたとしたらその組織は数多くの参謀を抱えている優れた組織ということになるのです。


おいらがこんなことを考えたのは仕事場で上司が休んだ時の代役の人の仕事ぶりを見たからなんです。

その人は休んだ上司と違って自分でどんどん指示を出して進めていくというタイプではないですが、人柄の良さから、周りのみんなにフォローされながら何とか仕事を回していました。

で、この人がもともと休んだ上司のポジションにいたとして、組織は必ずしも休んだ上司が率いていた時よりも低いパフォーマンスしか残せないと言い切れるだろうか と考えたりしたんです。

リーダーシップという上司には絶対的に必要と思われがちな能力でさえ、持ち合わせていないことが才能としてとらえられる場面がもしかしたらあるのかもしれない と。


すくなくとも一匹の羊に率いられていた考える狼が群れのリーダーに立つときと、

一匹のオオカミに率いられ、ただつき従ってきた羊が群れのリーダーに立つときでは、どちらのパフォーマンスが高いかは別として、経験という部分で圧倒的にオオカミに分があるような気がするので、部下の育成にはあまり能力の高くない上司のほうが向いていたりするかもです。


やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。


この言葉。おいらの好きな言葉なんですが

一行目は、羊が自分より優れている可能性をはなから考慮しておらず、上から目線な気がするです。

二行目以降はなるほどですね な感じです。

特に「話し合い、耳を傾け承認する」ことは簡単なことなのにちょっとした人間関係などで、とたんに困難になったりするです。

前にいた会社がそんな感じで組織としての体をなしていなかったので、今回、ありもしないリーダーシップをあるように見せかけようとしてチグハグになるくらいなら、

「力がないのにリーダーになっちゃいました~。ご迷惑をかけることもあるかもですが、皆さん力を貸してくださいね~」って暴露できるリーダーのほうがリーダーに向いているし、人間らしいな~ ておもた。


リーダーシップのないリーダー。

いいじゃない


二人集まればそれはもう組織である。

なんてことを言ったりしますが、機能的な組織と機能していない組織の違いはどこにあるかってことを考えてみたですよ。


おいらは組織が持つ力には大きく分けて二つあると思っているんですねぇ。


まず一つ目は、組織が個人個人の能力に及ぼす影響です。

大前提として人間が何人か集まれば多かれ少なかれ「能力的な差異」は絶対に存在するということです。

ハーバード大学の学生の中にも成績がビリな人はいるわけで、そういう人をいかにうまく使うかってことが組織として重要だなんて言われたりしています。

つまり能力にかかわらず、その人が本来持つ能力以上のものを引き出すことのできる組織作り といったことです。

これが、いかにやる気を引き出す環境を作れるか、とか管理職の人たちを悩ませている永遠のテーマですねぇ。


二つ目は、組織の構成員同士の横のつながりの力です。

身近な例でいえば、部下が苦戦している際に上司が助け船を出すといった能力上やむを得ないことから、上司が忙しそうだったので部下がコピー取りという誰でもできる仕事を志願して手伝いました。といったことなどですねぇ。

これは、お互いの信頼関係がないと非常に難しく、このような人間関係を築くのは非常にむずかしいですねぇ。


ってのがおいらの今までの考えだったわけですが、先日ボランティアに参加させてもらって、じつは機能的な組織ってすごく単純なことなんじゃないかな~と。


それは、「その組織に属している自分に誇りを持てる人のみを集めればよいということです。」

組織のもつ力の一番目は個人がやる気を持てば環境などたいして関係ありませんし、二つ目も自然とできるものなのです。これは理由はともあれ私のボランティアの経験ではそうでした。

※たかが一回のボランティア経験なので偶然だと言われればそれまでですが。

また、ボランティアはもともとお金がからんでいません。むしろ、活動場所までの移動費などに出費が生じるものなの

で、もともとある程度の自己犠牲を承知の上で来ているという部分もあるかもしれません。


おいらは、この数年組織についていろいろ考えてみたりしていたんですが、それは組織を作る側の視点で、「どうやったら機能的な組織をつくることができるだろう」というものでしたが、じつは構成員が誇りを持てばきっとリーダーや管理職なんてものはいらないんだろうとおもったりしたんですねぇ。


人間ある程度の期間を生きていれば組織の一つや二つくらいには属しているものでしょう。

ここでおいらが言いたいのは、「みなさん。自分が誇りを持てるような組織をみつけましょう!!」ってことではありません。

むしろ、「今いる組織に誇りを持てないのならすぐに組織を抜けてください!!」ということです。


それは、誇りを持って組織に属しているほかの人にとって迷惑であるばかりか、誇りを持てない組織に所属し続けるということはあなたの生命力を奪うことになると思うからなんですねぇ。

誇りのない組織に所属するくらいなら、誇りを持った個人のほうが格段に力があると思うです。


おいらの好きな

白石陽一 のように