今日は初めての妻の反応があった。
ハンドクリームを塗っていた時、一瞬だけど左手の力が少し入った。妻は一緒懸命動かそうとしているように感じる。
一歩ずつ歩いている。
まるで妻の若い頃の人生のように。
苦労して、どん底の生活をしそうになり、自暴自棄になってもおかしくないのに、なかなか形になって結果が出るような事じゃないのに、頑張ったあの時のように。
亀の歩みよりも遅く、積み重ねるのに途方も無い意思の強さが必要とされる努力なのに、妻は少しずつ前に進んでいる。
身体も一時より良くなって来ていて、もうすぐ腰の傷口を閉じる手術が出来るまでになる。

イメージで言うと、妻の今している事は暗黒の足元も見えない道を、遥か何万里先に僅かに見える光に向かい、たった1人で歩いている。
光の向こう側に優しさと愛情と幸せが待っているのを信じ、ひたすら前を向いて歩いている。
寂しさとしんどさと辛さの中、いつかたどり着けると信じて、前を向いて歩いている。
一歩ずつでも歩いている。

それがどれだけ困難か知っている。
それを成し遂げるのに鋼の強さが必要なのを知っている。
そばで見ているだけなのは辛い。
分けて欲しい。
替わって欲しい。
そう思いながら、私はそばで見守っている。
涙を流す事も、顔を歪む事も、目をそらす事も許されない。
疑う事も、心配する事も、気遣う事すら許されない。
信じて、明るい笑顔で妻の向かう先に立っていなければならない。

そんな想いの中、私はいる、
今日妻は左手に少し力を入れた。
一歩前に進んでくれた。例え何万里の中の一歩でも、妻は歯を食いしばって進んでくれた。


本当は1人でいる時も私は泣いていけないのかもしれない。
寂しがったり、しんどさを感じてもいけないのかもしれない。
頑張っている妻を迎えいれる為に、その資格を得る為に、私はもっともっと強くあらねばならないのかもしれない。
そうでなければ、妻に幸せを与える事が出来ないのかもしれない。

今日妻の反応を感じて、泣きたくなった。
感情にくるものがあった。
嬉しいのか、苦しいのか、寂しいのか、喜ばしいのか、辛いのか、よくわからなかった。
でも、涙をこらえないといけないのはわかった。
明るい笑顔でいなければならないのもわかった。

感情がようやく落ち着いてきた。
明日も妻と会う。
いつものように笑顔で普通に話しかける。
私が揺れれば妻も揺れる。
途方も無い努力をしている妻の足を引っ張る事になる。
妻に私の心配をさせてはいけない。
負担をかけてはならない。
不安を感じさせてならない。

今歯を食いしばっている。
妻の名を大声で呼び、泣きたいのをこらえている。
まだまだ全然私は弱いな。


妻の無事と意識の回復を祈ってください。
よろしくお願いいたします。