子宮頸がん経過観察 〜5年後の笑顔に向けて〜 -14ページ目

子宮頸がん経過観察 〜5年後の笑顔に向けて〜

日常のこと、家族のこと、手術〜術後、入院生活などを綴っていきます。

こんばんは、kyeです。

術式が決定した際に一番心配したのが、リンパ廓清でした。
先生がこの話にはほとんど触れなくて、リンパ浮腫ってどうなんだろう...
と不安に思いながらもやもやしていたのを思い出しました。

あと、卵巣摘出による更年期のような症状についても。
残せますか?と聞いてやっと、そうね、1つは残せるでしょうね、と回答。

んもー。言わないと取る気だったの??

聞かなくても何度も何度も言われたのが排尿障害。
おしっこが出ないなんて想像もできませんでした。

ただ、聞かなくても何度も何度もおっしゃるので、必ずなるのだなと
思いました。
先生の説明だと、自己導尿をマスターすればどこにでも行けるから
問題ないですね、とのことでした。
軽い気持ちでいましたが、自分の尿道口も間違えて認識していた
わたくしにはその後、本当に大変な訓練になりました。

コツをつかんだらスイスイできるようになりましたが、
マスターするまでは夢にうなされました。

レジーナミラー(★当時の記事です)が救世主でした。

あとはメンタルの浮き沈みです。

体力と気力のバランスが取れないのです。
イメージしているように動けないストレス。
すぐに疲れてしまい、無力感を感じたり。

でも、それも日にちが経てば必ず戻ります。ご安心を。

今日の残りの時間とみなさまの明日に向けて
キラキラハッピーを届けます。


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こんばんは、kyeです。
術式を決めるまでを振り返ります。

本来は開腹手術だと言われていました。
また、卵巣も2個とも取ると言われてもいました。

CTの結果と教授の最終判断で、1b-1相当であると言われました。
開腹した場合の職場復帰までの平均期間は3ヶ月。
当時のわたしくには間に合わない施策にかかわっていました。

どうにか間に合わせたいことを教授に伝えたところ、
ダヴィンチ手術なら3週間で職場復帰できると言われ、お願いしました。

術前入院をし翌日手術。
9/30に入院して10/1に手術をしましたが、なんと退院は10/5でした。
それから自宅療養2週間で職場に復帰しました。

現場のスピード感についていくのに1ヶ月はかかりました。

お小水問題はいまだに多少ありますが、自己導尿自体は
1ヶ月やったかやらないかだったと思います。
あんなに練習したのに...(苦笑)

気持ちと体力の乖離がかなりあり、人知れず落ち込むことも
多かったです。まだアンバランスだったのです。

そこに先輩方からの暖かいアドバイスがありました。
「ゆっくりゆっくりと言い聞かせて!」
「お腹の中は傷だらけ、ケガ人ですよ!」

みなさんに支えられて職場復帰をしたのでした。

また、書きます。

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こんばんは、kyeです。

過ぎてしまいましたが、8/27にさらっと告知をされてから
早くも1年が経過しようとしています。

当時は、主人にだけ話して、あとは会社の上司やチームの先輩に
休暇の話をしたり、慌ただしく過ごしていたと思います。

で、夜中に急に不安になったり、いろいろ考えたりブログを
始めたのもその頃だったと思います。

教授の診察日は9月の早い時期だったので、それまでは何も
決まっていない状況でした。

不安と信じたくない気持ちがあり、中3の息子に説明するべきか
どうかでかなり悩んでいました。

母上にだけは言わないことを決め、子宮筋腫という言い訳を
用意したりしました。
そうでもしないと手術する理由が説明できなかったからです。

結果、息子には説明をして、必ず治るからと約束して入院を
しました。
当時の中間考査の成績がひどく悪かったのは、家の雰囲気が悪かった
のだろうと思っています。

当時の思いは、このブログに日常的なことしか書かなくなり、
闘病ブログではなくなることが目標でした。

実際は5年間という経過観察期間があり、まだまだ通院は続くのですが、
日々の煩雑さに自分を振り返ることを忘れています。

異動もありましたし、環境の変化もありました。
息子も高校へ進学し、仲間は変わらずとも、雰囲気が急に
勉強モードになりました。
のほほんとさせたい為に一貫校だったのですが、やはり高校は
大学進学を視野に入れているので、いきなり厳しくなったように
感じます。

それでも、同じ時期に告知をされ、同じ時期に手術を受けた
(もしくはもっと前から治療をスタートさせていた)仲間がいます。
わたくしが勝手に仲間意識を持っているだけなのですが。。。

全員で笑顔の5年後を迎えたいです。


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