
風邪をすっかり飼いならしてしまって、
近年まれに見るぐだぐだ加減です。
さて、息子くんですが、高校進学が
決定して、ゆるーい日々を過ごしています。
そこでどうやら己の3年間を振り返ったようでして
自分一人で内省を深めたようでした。
彼にはママという存在と
かーちゃん(祖母)の存在がいて
かーちゃんはかーちゃんで一般的な
かーちゃんなんだそうです。
ご飯を作ってくれたり、
甘やかしてくれたり、
少し理不尽でうっとうしい小言も
言ったり、
でも自分を大切にしてくれるそんな
存在なんだそうです。
ママは自分を産んでくれた人で、
理論的で、自分を尊重してくれて、
でも、少し抜けていて、
見ていると心配でハラハラするけど
ここ一番には強くて、
話をきちんと聞いてくれるけど、
世の中のカテゴリーではかーちゃん
とは呼べないそうなんです。
ママという存在だそうです。
そこでかーちゃんが76歳と高齢で
少し年相応に忘れっぽくなって
同じ話を何度もしたりすると
かーちゃんが死んじゃったら
自分はどうなってしまうのだろうかと
一人でずっと悩んでいたそうなのです。
ママは答えました。
「ママのかーちゃんでもあるので、
当たり前のことを言いますが、人間は
一度は死にます。お別れの時がくる、
そのことだけを考えて、今を見ないのは
愚かなことです。
お別れは必ずくるので、今できるだけの
楽しいこと、喜んでもらうことを
考えて行動しましょう。
健康で元気でいるというのも、
喜んでもらうひとつの方法ですよ」と。
老齢期の心の変化も学ぶ必要が
あるのかもしれません。
また、思春期の少年の心も
受け止める時期にきていますね。
両方ともガラス細工のようです。
こうして中高年は自分を後回しに
してしまいがちですが、自分のことも
大切にして、いつも太陽のようで
あり続けたいと思うのでした。