「見えてるだけが真実だとは思うなよ」
そう、ひとに言いたくなる時がある。
でも自分にも言った方がいい。
その行動や努力の結果が「日常」の場合
当たり前の事として見過ごし
「あの人は私と違ってデキが違うから」とか
「私は元々あっちには向いてない」とか
勝手に才能や資質の差として認識したがる。
まったく・・・便利だよな。
そんなイイワケ。
どんなに貧富や年齢、環境に差があろうとも
進む時間だけは、完全に平等なんだ。
その時間の過ごし方によって
できる事が増えたりするんだ。
全く、才能や資質とか関係ない。
いくらかでもあるとすれば、
単純に「これが好き」という資質が自然と集中力を高め、
吸収するスピードを速めてくれるかもという事ぐらい?
「才能」という言葉に過敏に反応し過ぎて
努力もせずに、ただ虚無感に包まれて身動きとれなくなるなんて・・・
はたから見たら、本当に単なるバカだよな。
分かっていてバカのままでいるのは
単に怠け者なだけなんだ。
一日一日、新しい道を選びほんの少し進むだけで
一年で365個の新しい事にチャレンジしたことになる。
時を刻む、ということは
新しい体験を身体に吸収するということ。
新しい経験を記憶に残すということ。
ふつうの時間軸だけでなく、この2つの時間が自分に刻まれる。
それこそが、見えない真実。
見えてるだけが真実だとは思うなよ
ちゃんと、認識するんだ
冷静に。
自分の抱える虚無には意味がないんだってことを。
虚無を打ち消せるのは、自信だけ。
虚無を生むのも自分。
自信を生み出すのも自分。
道は前にある。
後ろはただの荒野だ。
道は、前に作られる。



