アーティストとして作品を作るとき
何が私にあるのかをいつも考えていた。
吸収した環境や知識は過去から続くものであり、そこに立脚した考え方に、果たしてオリジナリティというものは存在するのか疑問だった。
作品のアイデアはある。
けれど、なぜそれを作るのかという疑問に、私が応える事ができなかった。
何がオリジナルか。
今日、藤幡さんとスティグレールさんの話の中にヒントを得た。
自分の体験と記憶。
それだけがオリジナル。
そしてなぜ作るのか。
個人の欲望をマスの欲望に変容させたかったから。
気付いてみれば、
凄くシンプルなものじゃないか。
アーティストとは何か。
それは「自分」だ。
自分が社会に疑問を持ち、
アートに疑問を持ち、
どんな問題提起ができるか。
そこから何を掴みとるか。
その「気づき」を伝える技術を、頭脳を駆使してしっかり持てるかどうか。
ただ物を作り見てもらうのがアーティストではない。
自分の気づきを伝えるのがアーティストなんだ。
私は揺るがないものを手に入れた。
全てが導かれるように、いくつもの事が影響しあい、ここまで来た。
これほどまで自分の思い通りに周りが動いた事はなかった。
周りが変わったのではない。
私が変わったのだ。
私の元に、光を放つ水が流れ込む。
そのいくつもは集まれば集まるほど、光も、流れの強さも、増すだろう。
私の欲望がそれを呼び込んだのだ。
恐れや不安
それを手放すだけで、
私の周りがこんなにも光に溢れていくとは思わなかった。
私は「公」を捨て、「私」に生きよう。
そうすることで、私が浴びる光を次の人の元に届けられる力を持つことができる。
返したいという想いを、
受け取るべく待つ人に届けよう。