私の手元に、色んな未来がある

どきどきわくわく

全部こなせるのかな?

そんな不安もあるけど

何にも無い人生より、ずっといい



まだ、何にも始まってないよ?

失敗すら始まってない。


常に今は、始めの一歩





人にはそれぞれやることがある


自分のやるべきことを見極めることなく、人を見ることはできない



自分を見極めたら、人の見方が変わる


自分にとってプラスになる人間は誰か?



出逢った時


人生は、大きく動き出す。





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アーティストとして作品を作るとき

何が私にあるのかをいつも考えていた。



吸収した環境や知識は過去から続くものであり、そこに立脚した考え方に、果たしてオリジナリティというものは存在するのか疑問だった。



作品のアイデアはある。

けれど、なぜそれを作るのかという疑問に、私が応える事ができなかった。



何がオリジナルか。

今日、藤幡さんとスティグレールさんの話の中にヒントを得た。



自分の体験と記憶。

それだけがオリジナル。



そしてなぜ作るのか。

個人の欲望をマスの欲望に変容させたかったから。



気付いてみれば、

凄くシンプルなものじゃないか。



アーティストとは何か。



それは「自分」だ。



自分が社会に疑問を持ち、
アートに疑問を持ち、

どんな問題提起ができるか。



そこから何を掴みとるか。


その「気づき」を伝える技術を、頭脳を駆使してしっかり持てるかどうか。



ただ物を作り見てもらうのがアーティストではない。


自分の気づきを伝えるのがアーティストなんだ。



私は揺るがないものを手に入れた。



全てが導かれるように、いくつもの事が影響しあい、ここまで来た。



これほどまで自分の思い通りに周りが動いた事はなかった。



周りが変わったのではない。


私が変わったのだ。



私の元に、光を放つ水が流れ込む。



そのいくつもは集まれば集まるほど、光も、流れの強さも、増すだろう。



私の欲望がそれを呼び込んだのだ。



恐れや不安

それを手放すだけで、

私の周りがこんなにも光に溢れていくとは思わなかった。



私は「公」を捨て、「私」に生きよう。



そうすることで、私が浴びる光を次の人の元に届けられる力を持つことができる。



返したいという想いを、

受け取るべく待つ人に届けよう。







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お金は必要だ。


でも、金を儲ける事にこだわって、

自分が何をしたかったのか

忘れる人間にだけはなりたくない。


ちっちゃな足もとの石ころの位置にこだわって、

目の前に広がる大空と大地と大海原を

見落とすような人間にはなりたくない。



お金があっても、金に代えられないものを持つ者でいたい。


金に代えられないものを持つには、

「冒険」に出かけるしかない。



危険を感じる怖れよりも、

ワクワクして血が騒ぐ高ぶりを。



楽しい事しかしない。


それはつまり、


「未知のものに挑戦し続ける」こと。



あの日蝕の日を思いだそう。


あの知らない土地を車で爆走し、

天を覆う雨雲の切れ目を探し、

九州の大地を横断した

あの不安と期待と挑戦する強い信念を。


そして、隣で一緒に挑んだ友人を。



あの最高の瞬間。


何にも代えがたい、不覊の魂が、

自分の中に在る。



再び目覚めるのを待つ今は、

ただ弛い波の中に隠れ眠っている。










偶然なのか、

非偶然(必然)なのか

気づけない


それはつまり

意図が伝わってないってことだ


ただの展示で、奇跡を感じさせるのは難しい。



本を読んでいると陥る罠がある

それは、

読んで分かった気になったり、

やった気になることだ。



「実際にやる」


それが、どんなに大事な事か。



頭ではなく、体で理解することで学ぶ事がどんなに多いか。


でも、

分かっていても、

体から受け取った情報は、心で感じたり、頭で考えたりする情報より、ずっっと【強い】から、

その強さに頭や心は惑わされて正しく判断することができなくなってしまうから、身体で感じとるという行為を避けてきた気がする。

体に【痛み】を感じてる時、

自分は、相手を思いやる余裕が持てるだろうか?


【痛み】から逃れるために、自分はどう対処すればいいかを判断し、遂行することができるだろうか?


自信がない。


自分の恐怖や不安に勝つ自信がない。



レスキューを仕事にしている人は、本当に凄いと思う。



本から学び、実践する。


体験の疑問を本で調べ、学ぶ。


どちらも大事なこと。


どちらかが欠けてもいけない気がする。




んー。今、気づいた。

「本」ていうのは、ただ紙の本てだけじゃないな。

本=読む=インターネット
つまり行動でなく、情報として脳に入れた行為全てをさすな。

人から聞いた話。とかもあるな。


行動した後、体を動かして脳をフル回転させて人と交流した時って気持ちが良くって、家に帰りついた時、途中で疑問に思って持ち帰ろうとした事柄を、スポンと忘れてしまう事がよくある。


脳が老化してる証拠だな・・・・。


そこを調べて自分のものにする所までが、本当の知識の学び方なのにさ。。









農家のお父さんの、
「自分ちで作った野菜は、農薬をまいているから、食べない。」
という衝撃発言にビックリ叫び

フランスに巻き起こっている
『ヌーベル・キュイジーヌ』のムーブメントは、

所詮、金持ちの遊びだったのかよパンチ!

と、つっこみたくなった。


農業大国であり美食国でもあるフランスで
『ヌーベル・キュイジーヌ』というムーブメントが
起こっているという事実はとても重要で、

「 きっと社会全体・国民みんなが    
食材本来の味を再認識しているんだろう 」

「       そりゃもうきっと、       
全国の農家全員が有機農法をしているんだろう 」

と、
すっかり思い込んでたよダウン



「 子供たちは色々なしがらみに捉われてなく、
自分の感じたことを率直に信じることができる。
だから、
世の中を変えていく強さを一番持っていると思います 」

という、ジャン・ポール・ジョー監督の言葉がとても響いた。






意外とお金で解決してしまうことしか思い浮かばなかった。。


じゃあ、それって、お金をいっぱい稼いだ時に、解決する問題なのか?

って考えた時に、

お金で生活が満たされたとき、それはもう時機を逃してるんじゃないか?

って思った。



きっと、お金で解決しない事。

それが今私がしなくちゃいけないことだ。


考えを変えよう。




今お金に全く困っていない。なら、「何をしたい?」

自分に今、月収1億の収入があったら、「何をする?」




・・・・結局


「学びたい」
「人とつながりたい」
「人に何かを与えられる人間になりたい」
「人から感謝される事をしたい」


そんな、今やろうと思えばできることが頭に浮かんだ。。。



はあ。ため息。とかついてる場合じゃないよね。


やりゃいいんだ、思ったことを・・・。




一体、何が私をしばっていたのか・・・。


「思い立ったが吉日」


ちょっとトイレにでも張って、習慣づけようっと。