誰かの役に立ちたいから学ぶのか、
それとも、ただ楽しいから学ぶのか。

今となっては、もう理由など分からない。

ただ、学んだ事がすぐに人の役に立てる環境に私は居て、
それがとても有難く、
これこそが、
好きなことを仕事にしているという喜びなのだなと思う。

仕事についてから、
その仕事から喜びを見出すこともあるだろう。

でもやはり、
自分が最も好きな事に関わっている事の幸せの中から喜びを見出す方が数倍、いや、数万倍の幸せではないだろうか。

自分が与えられた場所で花咲く事より、
自分が最も綺麗に花咲くには、どうすれば良いか。

そう考えながら、自分という花を大輪に咲かせていこう。



私は、花の中でもタンポポという花が大いに気に入っている。


タンポポという花は、
一見、平凡などこにでもある道端の花ではあるけれども、

花の中でも、最も冒険心の溢れた野生溢れる花ではないだろうか。


タンポポのように、
綺麗に咲いては、
次に綿毛の付いた種となり、
次の新世界に向けて飛び立っていく。

そして、辿り着いた先でまた花を咲かせる。


そんな新しい出逢いに溢れた人生であれば、良いと思う。



みんなにタンポポの花を捧げよう。

みんなの心に小さな太陽のようなタンポポが咲きますように。

ありがたいことに仕事も充分にあり、仲間にも恵まれ、夢も希望もある、恵まれた環境の中で生活ができている。

こういった時、どうしても停滞がやってくる。

心の停滞

この今の状態が本当の意味で充実した時間ならば、
こんな凪の状態はこないはず。

なのに、ふと心の進路が何にも向かっていない。


私の頭の中である言葉がリフレインしていて、

師匠の「年始に立てた目標を目指すの忘れてるんじゃないの?」という言葉。

言われて、ハッとして、目標を見返した。

そしてまたハッと気づいた。

私は簡単に忘れてしまうような目標を年始に立ててしまっていたのだと。

一体全体、私は今年何がしたかったのだろうか?と驚いた。

確かに私の前には道が広がっている。
ここを行くのが王道だろう。

けれども、

この道は、本当に私が歩んで行きたい道か?

と自分に問うた時、

私の本心の奥底からは「YES!」という声が聞こえ無かった。


これは、本当にマズイ。


私は、改めて本当の目標を立てるべきだと思った。


私が本当にやりたいこと。

私が本当に目指したい形はどういったものか。

明確にしよう。

正月からすでに4ヶ月も経ってしまったけれども、

今、気がついて本当に良かった。


改めて、問い直そう。


私が本当に今年中にやり切りたい事は何?

それはきちんと近い将来の目標にもリンクしてる?


さあ、シンキングタイムだ。


私が本物のヒーローになるシナリオに、私の人生を練り直そう。


これは私のストーリー。


さあ、私が本当にしたいことは何?
「病になると、自分が限りのある生の中にあることを思い出します。」

先日、久々に風邪をひいて、自分の身体が熱を帯びて身体の免疫強化を図ってるのを感じて、なんだか面白かったです。

その時に摂る栄養や、固形や液体かの違いでまた身体の反応が違うので、改めに人間の身体の不思議さを感じました。

病になると、自分が限りのある生の中にあることを思い出しますね。


時間の許す限り学び続けたい。

そう思い、実際にそうしていると永遠を感じますが、実際は身体という時間の限りを持ったものに精神は宿っているわけで、身体という老いをプログラムされているものに自分は在るため、学ぶものには優先しなければいけないものがあることを思い出させられます。

子どもの時にしか学べないものがある。
大人にならないと学べないものがある。
そして、男と女という違いもあって、女にしか学べないものもある。

絶対的に超えられない生物学的な条件を、もう少し加味して学んでいかないといかんなーと考えた、病の床から。

でしった☆

そういえば先日、師匠が面白い事を言っていて、

ファスティングなどボディメンテナンスによるアンチエイジングによって人間の寿命を延ばす方法の次は、睡眠の質をいかにあげ、睡眠時間を減らすことだと言ってました。

いかに時間を稼いでも、周囲に仲間も家族も同じように生きていなければ人生面白くない。

だから、生きる年数を延ばすよりも一日の起きてる時間延ばす方が充実した超寿命になる。と。


面白いですね~ほんと。

例え短い人生だとしても、傍らには、愛する大切な人たちがいてほしい。

^^人間の心理ですね。


あなたが、最後の日にそばにいて欲しい人は、だれですか?




業とは、運命的に背負うものであって、自ら作り出すものじゃない。

生きるとは、自らを解放していくことなのではないだろうか。

と思う、今日この頃。

寝坊して、気づいたことでした(笑)

寝坊すると「後悔する」この後悔という感情にとてもメンタルは傷つけられて

内心「あ~あ、やってしまった」と思ったのですが、

何か体の方からジワジワーとするものを感じて

意識のフォーカスを「心」から「体」に向けたら、

体から、

「ふぁ~ゆっくり寝れて幸せ~休めた~気持ちいい~」

って声が全細胞から信号が来まして(笑)

あらら、自ら業を生み出して、

自分を縛り付ける鎖を生み出しているじゃない私ったら。

と、身体から教えられました。

世界には、もっと深い業を背負う人たちがいるのに、

私は、自分で自分に業を背負わせている。

なんだか、アホですね~。

さあ、解放!開放☆快方(^^)

身体はしっかり休めた☆

さてさて、またチャレンジングな人生に旅立とうかな♪

「生きる」稲盛買おうと思ったら家にあったσ(^_^;)

うちの書庫すごーい(笑)

響いたのは、

「嘘をつくな
 正直であれ
 欲張るな
 人に迷惑かけるな
 人には親切にせよ」
という、
子どもの頃に親から学ぶ、
「人として守るべき当然のルール」。

稲盛さんは元々技術者さんだったらしく、
それが経営となると、
自ら考え決断していかなくちゃいけないという状況になり、
どうしようか?となった時に、

迷いを断ち切る判断基準が、

「人として何が正しいか」

に、したというのです。

これ、とってもシンプルで、とても響きました。

私はある大きな後悔を抱えて生きてきたので、
ある日、もうそういうのはやめようと思いたち、
私の判断基準は

「やって後悔するか。やらなくて後悔しないか」

になりました。

まあ、それに変わった途端、
辛いことも全てが楽しく、身につくことばかり。

でも、よく考えたら、
そんな風に好き勝手やりたい放題していても何とかいってるのは、
上記のように、父と母から、
人としての根本的な道徳心を学んでいたからだと分かりました。

躾とは、
人の人生をまるまる作り出し他の人に影響を及ぼす大事な作業なんだ
と改めて思いました。

親の躾に感謝。


何を言葉にすべきか誤解を生むやも知れずまだ心が少し迷いますが、

とても実のある素晴らしい出逢いと再会と感謝の旅でした。

ひとまず、父とお疲れさま会も兼ねて、海沿いの宮城を食い倒れてきました(笑)

はい。現地にお金落とすという大義名分のもと、鮨好き爆発。

「もってのほか」という料理しってますか!?

それ、料理名?σ(^_^;)って思いますよね。

山形の方の料理だそうです。

めちゃくちゃ美味しかったです。

あとこまい鮨好きの絶品メモ。

仙台の新幹線乗り場の横にある、立食いカウンター北辰鮨

・どんこ肝のせどんこというお魚、初耳!ポン酢でさっぱり美味しかった。

・すじあぶりマグロのしっぽであぶらが少なく肉厚で美味しい!!

・鮪味噌づけ炙りで味噌の焦げた香りと甘みが鮪に合う!

・宮城のぼっけ白身魚であっさり。我らが七ヶ浜のお魚♪

・イカの塩辛イカのぷりぷり新鮮な食感に、ちょい味噌プラスの甘い塩辛

ビバ宮城☆ありがとう宮城!

師匠の健康セミナーに参加してきました。

いつも心に残るのは、

「自然の法則を知り、
 自分の絶対基準を確立させること」

世の中には、絶対的な基準と思っていても、
実は人が作っているものがある。

自然は、どれかを排除するという考えはない。
順番だけしかない。

自然の法則とは、「事実」誰もに共通する事実。

それをまず知り、学び、それから、自分の基準をしっかりと確立させること。

健康セミナーで言ってる、絶対的な自然な法則の一例として、

・人の歯の数・弱肉強食・植物は枯れる。
・人は幸せを感じるのが一番大事
・規則性が大事(健康は、不健康より不規則を嫌います。なぜなら、身体はその規則に合わせて進化するから。)

いろいろなすべてのことに当てはまるので凄く納得です。

何事もセオリーがあるので、その順番を知っておく。

それが本当に大事ですね。

知るためには、動いて学ぶ☆

動いた人がセオリーを知り、自分を確立でき、幸せ(人・夢・時間・経済)が作れるわけですね☆

今、出逢えている奇跡に感謝して、残りの時間を大切に、共に生きていきたいですね☆

(^○^) 人は学べば、進化し続ける♪

『まず心を垣根の向こうへ放り投げなさい。そうすれば残りは心についていくのだから。』(ノーマン・ビンセント・ピール)

きのうは静香の誕生日でした。
普段食べないご馳走を食べて大満足してくれたよう。良かった。

考え過ぎて、心のまま生きれない事があります。

人の心を大切にするように、
自分の心も大切にしてあげないと、心がすねちゃいますね。

心を垣根の向こうへ放り投げなさい(笑)
乱暴だけど、今の私にはそんな勢いが大事なようです。
心に響きました。

静香は心のままに生きてますね。
シッポがふりふりパタパタ。

『フィールドワークのススメ。』

能力があるのに、何をすれば良いか分からない人って、もったいないなぁ~と思います。

そんな方は、フィールドワークがしてみてはいかがでしょうか?

大学に入りたての頃は大抵、「世界で活躍してみたい」などの大きな夢はあっても、実際何をして良いか分からない学生がいっぱいです。
最初の1ヶ月は、それでも新しいことばかりで夢中になって色々な事を吸収していく。
けれど2ヶ月過ぎた頃から、大抵わからなくなっていく。
そんな時にちょうど5月の連休が来て、自分の行動が試される。
この時点で自分の不安を解消しようと友達と遊びまくる人と、残り3年9ヶ月、何に時間を使うか考えた人では、その先のスクールライフの質が大きく変わっていきますよね。

あなたは、何をすべき人間ですか?

この質問。

すぐに、○○です。と即答できる人って少ないのではないでしょうか。

学生なんか特に、目の前に可能性が開けているのは感じているのに、自分にどんな能力があって、何が得意なのか分からない状態。
まず何から始めれば良いのだろう?

こういう時に何をすべきか。

それは「フィールドワーク」です。

少しでも疑問や興味のある所に行って、調査をする。
ただの調査ではなくて、こうではないか?という仮想解答を想定して準備してから、行く。

この「興味疑問」は、何だっていいんです。社会問題でもいいし、この藪の向こう側はどうなってるんだろ?でも大丈夫です。

これを年単位に、社会に出て、新社会人に置き換える事ができます。

「能力がある人は、その力を発揮する義務と責任がある。」
弟が博士号を取った時に卒業式でハワイ大学の学長が言った言葉です。

これは、
「あなた達は苦労して博士号を取った。おめでとう。」と、アッサリと労いの言葉を呟いた後に、

「もうあなた方はこちら側の人間だ。(教授側)」

「世界には、教育を受けたくても受けることが出来ない人々が、大勢いる。」

「あなた方は、恵まれている。という事を自覚してください」

という言葉に続いた言葉です。

私たちは、この地球上でかなり恵まれているということを自覚して行動する必要があります。

迷っている時間は、勿体無いのです。

このフィールドワークは、誰にでもできることです。

必ず見つかる。


行動を起こしてみてくださいね☆


画家の関根直子さんに誘って頂き、デュオ インプロビゼーションat馬喰町ART+EATへ。

ワールドパーカッショニスト土取利行氏と、ピエール・ブーレーズが創設した室内オーケストラのトップチェリスト、エリック=マリア・クテュリエ氏の即興演奏。

最高に刺激を受けました。

三味線で奏でる演歌と
チェロのセッションなんて、
初めて聞きました。

バッハ、現代音楽も奏でたエリック氏が、スティックでチェロをひっくり返し叩きながら弦を弾く姿にも衝撃。

土取氏の舞台音楽のような音に、
日常音挿入による非日常的な劇空間の現出にも驚き。

演歌(謡曲?)も、ジャズも、古代音楽も飛び出し、
とにかくエキサイティングで
クリエイティブな夜でした。

イメージが広がる音の洪水に、
思わず絵を描きながら聞いてしまいました。

岐阜の山奥に住む土取氏の泥臭いものと、徹底して正確に再現されるクラシックを極めフランスで活躍するエリック氏という組み合わせ自体がそもそも面白かったです。

この日の出会いに感謝。

昨日は、車の接触事故を起こされたり、欲しいものを大量に引き当てたり、ありえない突然の断捨離が起こったり、クリエイティブな興奮に出会ったりと、激しい一日で、正直、ジェットコースターに乗ってるようでちょっとしんどかったです(笑)

ワールド・ターニングポイントと呼ばれる2012年。
色んな事が混乱と希望の中で同時に様々な事が起こるだろうという年で、
今年は私にも散々起こって、
そろそろ落ち着くかと思いきや、
昨日は一日でそれが起こった感じでした。

年初に変化変容の激しい年にすると決めてはいましたけど、激しすぎてコントロールし切れず振り回されてる所がややあり、ちょっと焦ってましたが、
イブとクリスマスに起こった全てが、私に、
自分が何を準備し切れていないかを気づかせ、
本当にやりたい事が何なのかを示し、
どうやっても頑張っても苦手で克服出来ないものもあるのだと諦めさせ、
自分が果たすべき責任の重さに動揺し混乱と不安に襲われ、
心を整える鍛えるキッカケになりました。

なんだか凄いクリスマスデイでした。

皆さんは、素敵なクリスマスでしたか?

今年もあとわずか。
6日間の過ごし方が来年を決めますね。

行動は、

丁寧に、迅速に、正確に。