第8回横浜トリエンナーレ 野草:いま、ここで生きてる

(24/6/3)

 

 2月に横浜トリエンナーレ出品作家が発表されて作家名で調べた。いつもなら興味深いアーティスト、この作品を見てみたい、みたいなのがいくつも出てくるのだが、今回の横浜トリエンナーレに関しては、面白そうと思う作家がほとんどいなくて、大丈夫かと心配になった。

 実際見た感想だが、満足度は過去のトリエンナーレに比べてだいぶ低かった。面白い作品もあるのだが、それ以上につまらない・全然好きでない作品も多く並び、印象はかなり下がる。キュレーターの意図が色濃く反映された展示。あまりに直接的過ぎて、もっと何か加えて作品に昇華してくれ、と思う作品や、なんでここに展示したのかと思う20世紀初頭の日本の絵画なども多い。

 大規模国際展の祝祭的雰囲気はない(それは今までの横浜トリエンナーレにもないが)。トリエンナーレというより、きっちり決めたテーマに沿って作品を集めた企画展のようだった。とはいえ、2014年の森村泰昌がディレクターをやったときの横浜トリエンナーレもそんな感じだったが、あれは面白かった。テーマはどうあれ面白い作品がたくさん見れれば面白くて満足度の高い展覧会になる。今回の展覧会はそういうものにはならなかった。

 

 横浜美術館のグランドギャラリーは面白いのが多かったが、展示室の後半くらいからつまらないと思うものが多くなった。

 

 特に旧第一銀行横浜支店の1階に展示しているようなものは、トリエンナーレで展示するものではないと思った。

 

 横浜トリエンナーレを見たあと、国立新美術館で「遠距離現在」展を見た。映像や写真が多いから期待していなかったのだが、「遠距離現在」は面白かった。横浜トリエンナーレより面白い作品の率が高かった。

 映像や写真であっても、しっかり作品として作りこんでいるものは面白い。横浜トリエンナーレで見たものは、作品が作品になるために必要な何かが足りないものが多かったように感じた。


 そんな中、下記5点が特に面白かった。


・マイルス・グリーンバーグ Miles Greenberg
 自分(および協力者)の身体を彫刻のように展示するパフォーマンス作品で知られる、ニューヨークの27歳のアーティスト。聖セバスティアヌスを引用したポーズで(特殊な矢を体に刺して)台座の上で7時間過ごすなど、身体を酷使するパフォーマンスを行う。

 近年はパフォーマンスだけでなく彫刻も制作する。ステージ上で自分の体を3Dスキャンするシステムを開発した。グリーンバーグの動きの痕跡とスキャンからの予期せぬ不具合を融合させ、等身大の彫刻を制作する。

 「マルス」、「ヤヌス」。
 背の高い、モニュメンタルな2つの像。体は二重に重なる。パフォーマンス中のいろいろなポーズを重ねているようだ。うつむいたところもある。腕がたくさんあり、身体が長いモンスターのよう。腕のポーズもモニュメンタル然としていて、古典的な彫刻っぽさがある。


 ギザギザ、ガビガビしたところがある。3Dスキャンする際の読み取りエラーをあえて補正せず、そのままに高密度ウレタンで制作しているという。(3Dプリンターを使っているのだろう)。
 古典的のようにも一見見えるが近くで見ると複雑さがあり作り方は現代的で面白い。


 黒い体に赤く色づいたホースが這っている。この彫刻は噴水としても機能するというが、今回噴水になっていないのは残念。でもそのおかげで近づいてで見れるのかもしれない。




・サンドラ・ムジンガ Sandra Mujinga
 コンゴ生まれ、ノルウェー育ちのアーティスト。

 天井に巨大な鳥のように赤い布で織った形が浮かぶ。床には巨大な3点の物体が立つ。



 天井の赤い作品と少し色合いが違い、紫に近い。スチールの骨組みは動物の骨のようにカーブしていて、足がある。布は手でさいた細い端切れのようだ。

 


 アーティストトーク(youtube)によれば、太古の恐竜や未来の宇宙船をイメージしているという。
 確かに恐竜っぽさがある。ティラノサウルスみたいな後ろ足で立つ恐竜のような。しかし身体はなく、布を編んで作った表層しかない。
 ヴェネツィアビエンナーレ(2022)で展示されたような、大きな人の形が幽霊のように立っている作品と比べると、表層のみ・皮膚のみ、な感じが強い。

 



・富山妙子

 富山妙子(1921-2021)のミニ回顧展。美術のメインストリームにいる人ではないのだろう、美術館で見たことはない。今回の作品もすべて個人蔵だったと思う。2009年に妻有トリエンナーレで、廃校の建物を使ったミニ回顧展を見たことがある。

 1950年代には各地の炭鉱を訪れて描いた。70年代は木版画で韓国の民衆に共鳴。木版画の作品は素朴だが、ロボット軍隊はちょっと怖いイメージだった。

 時代は飛んで2000年代。いい絵を描くようになっている。海の底、日本軍の思いが残っている。いっぱい勲章をつけた人たち、立派な服の狸。戦争は終わったのに亡霊たちが海の底でほこらしげに集まっている。

 震災直後、2011年の作品。風神は水色の風を出す。タイトルはセシウム。福島にセシウムをまき散らすのは風神。わずかに見える地面はがれきの街か。
 原発事故後の廃墟の街のイメージ。荒涼とした現在・未来の風景に行きついた。

 2016年の最新作、満州の広い荒地を描く。竜が飛んでいるが派手な絵ではなく、荒涼とした大地の絵。富山は幼いころを満州で過ごし、日本による差別的な行いを見てきたという。95歳の時の作品だが、最後に幼少の思い出に戻ったのか。


・アネタ・グシェコフスカ Aneta Grzeszykowska

 荷台に女性の半身が乗っていて、それを少女が引いている。シュルレアリスムみたいな不思議な光景だが、現実の写真である。
 ポーランドのアネタ・グシェコフスカは自身にそっくりのシリコン人形を作り、それを娘に与えた。シリコン人形と対話する娘を写真に収めた。母と娘の関係が逆になっていて、子供は人形遊びをするように母親の身体で遊ぶ・世話する。タバコを吸わせたり、紫の絵の具を母の顔に塗ったり。
 自分の裸のリアルな人形を与えるという発想が面白い。小さいころにこんなので遊んで、どんな子に育つのだろう。

 


 犬のシリーズ。人の顔のマスクを作って犬にかぶらせた。犬は普通にしているだけだが、不気味なものに見える。苦悩するような表情の犬がぬいぐるみのにおいをかいでいる、とか不気味なイメージ。

 



・ピェ・ピョ・タット・ニョ Pyae Phyo Thant Nyo
 「わたしたちの生の物語り」。ゴムチューブやケーブルを巻いたもので作った物体。何人かの人の形のようにも見える。その体の一番上には小さい赤い光がある。玉虫色の虫の羽根がたっぷり地面についていて、身体の上にも上っている。


 作者はミャンマーの20代の若者。赤い電球はルビーを表す。ミャンマーは古くから、質の高いルビーの産地として有名である。身体を這い上る虫は、軍事政権の続くミャンマーで、苦しい生活の中で一攫千金を夢見てルビーに群がる人たち、かもしれない。

 



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 前回2020年のブログを見返したが、やっぱり前回のほうが面白かったな…

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