第 3 章 大いなる加速

 モニカ・アルカディリ。クウェート国籍、セネガル生まれ、16歳から日本に留学し、東京藝術大学で博士号を取得、現在はベルリンで活動、という珍しい経歴を持つ。

 クウェート国籍、セネガル生まれ、16歳で日本に留学し、東京藝術大学で博士号を取得、ベルリンで活動。中東の文化史の研究に基づき、石油文化にこだわった作品を作っている。過去作品では、石油採掘のドリルヘッドを表現した彫刻を、時期の力で浮遊・回転させて展示した。
 過去作品から期待していたのだが、実際の作品はがっかりだった。「恨み言」(2023)は新作。石油を表す玉虫色の彫刻を多く作ってきたが、今回は真珠。天井から巨大な真珠が下がった部屋。壁紙も、次の部屋への出口にかかったカーテンも、青い、海の中のような展示室。スピーカーから、真珠の恨み言が日本語で流れる。
 前にドバイの歴史を読んだときに知ったが、ドバイはじめ中東の産業といえば真珠だった。しかし日本が真珠の養殖に成功したため儲からなくなり、ドバイは石油や観光に活路を見出し国が発展するきっかけとなった。アーティストトーク(youtube)で語っていたが、アルカディリの祖父は真珠取り漁師のための歌手として生計を立てていた。



 アリ・シェリ。ヴェネツィア・ビエンナーレで銀獅子賞(若手に与えられる)を受賞したレバノンの作家。
 3面スクリーンに、水辺で砂で何かを焼き固めている様子が映っている。
 スーダン北部のナイル川にあるメロウェ・ダムで撮影されたこの作品は、レンガ職人のグループが昔ながらの製法で泥からレンガを作る様子を追う。2000年代初頭にダムが建設され、50,000人以上の人々を立ち退かせた。地元住民は自分たちの土地を離れることを拒否し、周辺に住み続けている。

 



第 4 章 未来は私たちの中にある


 アグネス・デネス。「人間の塵」(1969/2023)。ゴミを積み上げた山の写真、と見えたが、解説によればこれは火葬場で集めた遺灰の写真である。QRコードの先の文章を読む。「彼は芸術家だった」で始まり、この遺灰の故人の説明かと思うが、子孫が2000年までに60人以上であり(1969年の作品なのだが)、そのうち「2人が作家になり、…、1人は刑務所行き」とか、「18548回排便し」と書いてあるのを見ると、この人くらいの年齢の平均的な統計値から推計しているのだろうか、と思う(作家が2人は多すぎないか…)。さらには「自分の意見を上手く伝えられたのは184回」や「彼の死後、34人が彼を思いだした」というのを読むと、適当な数字を書いているだけだろうと思う。「彼の脳には1010個の神経細胞があり」はどう考えてもおかしい(数百億個あるはず)。いろいろ突っ込みたくなるが、統計的な数字では個人の人となりは何も分からない、ということを言いたいがためのパロディなのだろう。そしてもちろん、灰と骨の欠片になった写真を見ても彼の人となりは分からない。


 アグネス・デネスはマンハッタンに麦畑を作って収穫した作品が有名らしいが、写真で見ても面白くない。(ファブリス・イベールがワタリウム美術館の個展のときに、ワタリウムの近所の小さな土地に畑を作って野菜を作っていたのを思い出した)。

 アナ・メンディエッタ。大きな木に黒い人影が近づく。黒い木のシルエットしか見えないが、温度に感応したカメラを使っているのか、ここで体が赤く輝く。
 アナ・メンディエッタは気になる作家だ。キューバ生まれのアメリカ人。多くの作品は自分の体を使ったパフォーマンス、または体の痕跡のようなものを自然の中に作ったものであり、それが写真や映像作品として残っている。体を使った作品でミニマリズムとは対照的に思えるが、有名なミニマリズムの作家カール・アンドレの妻であった。(36歳でメンディエッタが転落死したとき、アンドレによる殺人が疑われた)。


 松澤宥。(エコロジーというテーマから結びつきづらいが…)。1964年に「オブジェを消せ」という啓示を受けた。以後は、詩のようなものを紙に書いたものを作品として作るようになる。(ものすごく壮大なものをイメージさせる内容がさらっと書かれている。2014年の横浜トリエンナーレで見て面白かった)。

 今回展示された「プサイの意味―ハイゼンベルクの宇宙方程式に寄せて」(1960)は啓示以前の作品。意外と普通な、スピリチュアルな抽象画。
 啓示以後の「私の死」(1970)。この部屋をよぎるとき私の死をよぎらせよ、という内容の言葉が几帳面な字で書かれた紙が入り口に貼られた、空っぽの部屋。(これを最初に見たのはロンドンのテートモダンだった。企画展の中で、1970年代の東京を取り上げたセクションで展示されていた)。

 


 イアン・チェン。「1000(サウザンド)の人生」。大きな窓のある部屋、絨毯の上をカメが歩いている、というCGアニメーション。盆栽の植木鉢の下にくぐろうとしたり。部屋の中を歩き回る。赤い溶岩のようなものが、天井から下がった器から下に垂れる。カメは結構倒れたりはあはあ息をしたりするのだが、弱っているのだろうか。展示の裏に回ると、同じ画面が映るモニターがあり、データが表示されている。"I'm feeling : Miserable"と書いてあるのでやはりカメは調子よくないようだ。"Reincanations : 15186"というのは このカメが15186回目の人生を送っているということだろうか。あとで見ると同じ部屋で昼になっていた。大きな窓から外が見え、近未来的な風景に見える。
 これはアニメーション映像ではなく、AIを用いたリアルタイムのシミュレーションである。横浜トリエンナーレ2017でも同様のイアン・チェンの作品を見たが、骸骨とか犬とか出てきてもっと変な映像だった。今回のはちょっと単調に思えた。

 

 


 ピエール・ユイグ。謎の立体作品。抽象的でなく何かの形のように思えるが、何なのか分からない。大きさやたたずまいから、オットセイかアザラシに似ているように思った。素材は分からないが、樹脂を固めたように見える。鉱物のような感じがある。何かが析出したみたいに、半透明の物質でできた部分がある。
 説明を読んでもよくわからなかったが、たぶんこういうことだ。ユイグは京都大学の研究室と共同し、"Uumwelt"という作品が生まれた。MRIに入った被験者に〇〇を思い浮かべるように指示する、被験者の脳の活動をMRIで読み取る。ニューラルネットワークに、インプットと脳の活動の関係をディープラーニングにより学習させる。そのニューラルネットワークは、MRIで読み取った被験者の脳の活動の情報から、インプットを再構成する。このようにして得られたイメージが"Unmwelt"だ。今回の「精神の眼(B)」(2021)は、このようにして得られた画像をもとを3次元の物体として出力したものだ。
 ロンドン、サーペンタインギャラリーの展覧会"Uumwelt"で、この方法により再構成された形がLED映像で展示された。下記動画でUnmweltが見られる。画像は次々と移り変わる。ほとんどはなんだか分からないイメージだが、人の顔らしきものや虫や鳥に近い形がときどき見える。
 思いもよらない方法で立体を作っている。ピエール・ユイグはやっぱり面白いなと思った。

 

 

 

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