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ジョシュ・クライン(Josh Kline)の芸術

 ジョシュ・クライン(Josh Kline)(1979-)はアメリカのアーティスト。ディストピア的な近未来の風景をインスタレーションで提示する。

 ジョシュ・クラインは大規模なインスタレーションのシリーズを2015年から開始した。このシリーズの最初の2つの章「自由」と「失業」はディストピアを描き、次に気候変動に関するプロジェクトを転換点として示し、最後の2つの章でユートピアを描く、という計画をKlineは語っている。が、今のところユートピアを描いた作品はなく、気候変動、内戦という、より暗い未来が描かれている。

●Freedom(2015-)

"Freedom"
 90年代の子供向け番組、テレタビーズのキャラクターはお腹にテレビがあり、世界の子供たちの映像が映る。
 クラインの作品では、大人になったテレタビーズが警察官(特殊部隊)の格好をしている。頭にアンテナが生えて顔はテレタビーズだが、大人の体形になっていて銃を携行している。テレタビーズの特徴であるお腹のモニターでは、政治活動化が語っている。これは実際には、元警察官が(顔置換ソフトで顔を偽装して)政治活動家のソーシャルメディアアカウントから引き出された台本を読み上げている。
 監視社会、ディストピアのイメージ。

 ジョシュ・クラインは2011年のOccupy Wall Street(ニューヨークのウォール街で、経済格差の是正などを訴える大規模な抗議運動が起こった)に参加した経験から、この作品を作った。
 展示室の床に光る線やベンチがあるのは、Occupy Wall Streetで活動家の拠点となったズコッティ公園(民間運営の公園)を参照している。

 



"Hope and Change"
 現代のテクノロジーの利用はKlineの作品の特徴。この作品でも顔置換ソフト(ディープフェイク)を使っている。
 顔置換ソフトでオバマ大統領に変装した俳優が、想像上の就任演説を行う。2008年のオバマは変革的な候補者として選挙運動を行ったが、大統領に就任すると現実的になったという。この作品ではオバマは選挙運動の感動的な演説ののままの、本当の変革的な政治家として就任演説をしている。
 

"Crying Games"
 イラク戦争は大量破壊兵器の製造を根拠として行われたが、のちに嘘であったことが判明している。
 この作品では、ブッシュ大統領、トニー・ブレア首相らが、囚人服で独房にいる。戦争犯罪者として悔恨に苦しみ、激しく涙を流しながら謝っている。
 社会的・政治的テーを扱い、それをかなり直接的に表現することもKlineの特徴の一つ。

 

 


"Who Do You Think You Are"
 9つのドーナツが規則正しいグリッドにぶら下がっている。少しずつ異なる色はアメリカ人の肌の色を表している。黒人の肌の色のドーナツにだけ手錠がかかっていることで、人種問題に言及していることが分かる。

 

 


●Unemployment(失業)(2016-)

"Contagious Unemployment"(伝染性失業)
 2016年の作品だが、2020年のコロナ渦を予見していたかのように思える。球体に突起がついた、ウイルスの形の透明カプセルが天井から下がる。透明カプセルに包まれて、段ボール箱に日用品が入っている。会社をやめさせられた人が、自分のデスクの周りのもの(マグカップ、家族写真など)を箱に入れて持ち帰った感じ。
 余剰人員の解雇がウイルスのように広がっていく未来を表す。

 

 

 

 

"Blue collars"シリーズ
"In Stock (Walmart Worker's Head)"
"No Sick Days (FedEx Worker’s Head with FedEx Cap)"
 ブルーカラーの低賃金の労働者たちがばらばらになって仕事道具や商品に紛れ込む。
 『Cost of Living (Aleyda)』(2014年)で清掃員のカートに載せられているのは、頭、腕、手。これらは、実際にマンハッタンのホテルの家政婦をスキャンして3Dプリントされている。彼女の労働力は労働の道具としてカートに詰め込まれている。
 同様にレストランのウエイトレスの頭や手足は料理を載せるトレイに紛れている。ほかに、頭や手足がショッピングカートに詰め込まれたり、フェデックスのコンテナに入った梱包材に混じったりする。時に彼らの顔や手足には企業のロゴが刻印されている。

"Unemployment"シリーズ
"Aspirational Foreclosure (Matthew/Mortgage Loan Officer)"
 中年の男性や女性がスーツを着て、うずくまったポーズで、粗大ごみのようにビニール袋に入れられて床に置かれている。
 ブルーカラーだけでなくホワイトカラーが大量に失業した、未来(2030年代)のアメリカを描くインスタレーション。
 自動化とAIにより今後数十年でホワイトカラー(弁護士、会計士、管理職、秘書、銀行家、ある種のジャーナリストなど)が仕事を失うと言われている。クラインはそれらの職種の失業者を募集し、彼らをスキャンして3Dプリントし、解雇された労働者のハイパーリアルな彫刻を作った。
 それぞれの作品には「野心的な差し押さえ(マシュー/住宅ローン担当者)」のように、以前の職業を表すタイトルがついている。

 

 


"Your driver is here"
 ゴミ袋の人体と並んで、瓶などが詰まった袋の入ったショッピングカートが並ぶ。入っているのは瓶やコーヒーカップのほか、パソコンのキーボードも見える。いずれも人の肌の色に作られている。

 その中の一つには自動車のハンドルが詰まっている。自動運転で不要になったハンドルが捨てられているものと思われる。

 

 

 別の作品で、ゴミ箱にトヨタのマークの付いたハンドルが捨てられているものがある。ハンドルは石でできているように見え、トヨタが時代遅れになった未来を表しているのかもしれない。


●Civil war(内戦)(2017-)

"Civil war"
 大量失業のあとに描かれるアメリカの姿は、内戦。米国に蔓延する分断が、民衆の破壊をもたらす。

 子供の玩具、自動車の残骸、家具、などの破壊された灰色の瓦礫の山。
 ソファは2つに分断され、その断面からはスマホやタバコ、リモコンなど、このソファの上にあった日常生活の断片が埋め込まれている。

 

 

 

"Class Division"
 高級品と一般的な電化製品を結びつけたもので、アメリカ社会の格差を強調する。例えば、昔ながらの洗濯機と、ドラム式の洗濯機が真ん中で切断されて強引に縛り付けられている。

●Climate change(気候変動)

"Representative Government"(2019)
 ガラスケースに入った都市の模型。google mapの航空写真のよう画像の上に、建物の模型が建っている。建物は世界中から集まっている(ホワイトハウス、クレムリンなど)が、それらはすべて、ワシントンD.C.、ニューヨーク、サンフランシスコなど、水域にある米国の主要都市の地図に配置されている。水面には大きな氷が浮かび、冷凍庫で氷の塊が保たれている。展覧会が進むにつれて氷が少しずつ溶けて、都市が水没していく。
 気候変動で海面上昇し都市が水没する、をとてもストレートに表している。

 

 

"Domestic Fragility Meltdown"(2019)
 郊外の住宅を模した、ピンク色のワックスによる彫刻。加熱されたテーブルの上に置かれたワックスは、徐々に溶けて崩れていく。どろどろになりバケツの中に落ちていく。

"Personal Responsibility"
難民や移民が使っていたようなテントにテレビが設置され、壊滅的な気候変動を経験している人々への架空のビデオインタビューを映す。気候変動によって人々が完全に停滞し、コミュニティが不安定になった世界が映し出される。

"Adaptation"(2019-22)
 破滅的な気候変動に見舞われた、水没したマンハッタン。かつての都市をボートで移動する、救助隊の姿を描く映像。
 

 

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