株式会社サードは、トヨタ自動車株式会社第7技術部から独立した創業者の加藤眞が1972年に設立したシグマオートモーティブに由来する。シグマオートモーティブは1973年、日本のチームとしては初めて伝統のル・マン24時間レースに参戦したチーム。
社名のサード(SARD)は、「Sigma's Advanced Reserch & Development」の略称。
通常のカーナンバー「39」はサンキューに由来する。
大きな組織に立ち向かっていく同志が集まったチームがVivaC。そのVivaCとつちやエンジニアリングがジョイントしてできたのが「VivaC team TSUCHIYA」。つちやエンジニアリングは日本を代表するプライベーターチーム(メーカーの支援を一切持たないで戦うチームのこと)。カーナンバー「25」はグループAの頃から使っているから、なんだとか。ヨコハマタイヤのエースナンバーでもある。
「世界に通用する日本人ドライバーの育成」という我々のプロジェクトにオートバックスが賛同してくれたので「AUTOBACS RACING TEAM AGURI」の頭文字を取って、ARTA Projectという名前に。レースに参戦する時のチーム名には“Project”は付けない。
カーナンバー「8」は、縁起が良く、亜久里オーナーも好きな数字だから。
チーム名の28は、最初にチーム名を付けた人が、初代NSXのオーナーズクラブの会長で、Hondaが最初に本格的スポーツカーのSシリーズを発表してから、28年後にNSXが発表されたことに由来してるいらしい。今となっては28は必要ないが、GTAの事務手続き上削除できないらしい。「Cars Tokai」は母体となったHondaディーラー「ホンダカーズ東海」です。
カーナンバー「2」はリストで2だと一番上になるので目立つためなんだとか。
ルーニースポーツは監督の植田正幸が立ち上げたスポーツマネジメント会社。石川京侍や牧野任祐、大湯都史樹ら勢いのある若手ドライバーを輩出している。エヴァンゲリオンとのコラボは2年目で、おかげでコラボ前よりはファンも増えているらしい。カーナンバー「111」は植田が昔ゲイナーで走っていたことに由来する。
APEXのレース部門のAPEX Racing(アペックス・レーシング)の略が「apr」。(現在はAPEXから完全に独立した会社であり、関係はない)
APEX Racingとは“頂点(APEX)”を目指す、レースの会社(Racing)という意味。
カーナンバー「30」はエースナンバーのもう1台の意味。(32は当時中嶋企画が使っていた、現在は64)。
会社名のNissan Motorsports Internationalの「Nis」と「Mo」をとって「NISMO」となった。日産は世界のモータースポーツにNISMOの名で参戦している。GT500では唯一のメーカー直系ワークスチームでもある。
カーナンバー「23」はそのまんまにっ・さんからとったもの。
ベントレーの日本ディーラーである、EIcars(アイカーズ)グループが、日本初上陸となるGT3マシン、BENTLEY GT3を使い、様々な実績のあるTeramoto Technical Office(寺本テクニカルオフィス[TTO])のメンテナンスで参戦する。
カーナンバー「117」は首脳陣の誕生日や好きな数字を合わせたもの。
日本ランボルギーニオーナーズクラブ(Japan Lamborghini Owner's Club)の略。ランボルギーニ社がまだ世界的なモータースポーツ活動を行っていない時代からランボルギーニ車でGT500に参戦し、途中からGT300にスイッチし、優勝も達成した。
カーナンバー「88」は、ラッキーナンバー8を2つ重ねたもの。
大阪トヨペットとインギングのジョイントチームで、チームに所縁のあるもの、チームを象徴する言葉、などの頭文字からイメージした『LM』の2文字を冠し、イタリア語で競走・レースを意味する『corsa』を付け加えてチーム名とした。カーナンバー「60」は、大阪トヨペットグループの創立60周年にレース活動を始めたから。
チーム国光は、日本のモータースポーツにおけるレジェンド中のレジェンド、高橋国光が1992年に立ち上げたレーシングチーム。由来は高橋国光オーナー自身の名前から。GT初期から参戦し、RAYBRIGカラーで数多くの勝利をあげている。
チーム国光は、日本のモータースポーツにおけるレジェンド中のレジェンド、高橋国光が1992年に立ち上げたレーシングチーム。由来は高橋国光オーナー自身の名前から。GT初期から参戦し、RAYBRIGカラーで数多くの勝利をあげている。
カーナンバー「100」は高橋国光自身が二輪の1961年西ドイツGPで日本人初優勝した際のゼッケン。
ゲイナーとは勝利者という意味らしい。ゲイナーはJGTCの時代から、ポルシェやフェラーリやアウディ、メルセデスといった外国車で積極的にGTに挑んできた。幾多の勝利を誇るものの、チャンピオンは何故か一度もない。
カーナンバー「11」は、1をつけることができないので、その代わり。
R&Dスポーツは、東京R&Dのモータースポーツ部門として参戦、東京R&Dが開発したヴィーマックで戦っていたが、2009年、東京R&Dから独立するとスバルとのコラボに切り替え、スバルのエンジニアのサポートを受けながら戦っている。
R&Dスポーツは、東京R&Dのモータースポーツ部門として参戦、東京R&Dが開発したヴィーマックで戦っていたが、2009年、東京R&Dから独立するとスバルとのコラボに切り替え、スバルのエンジニアのサポートを受けながら戦っている。
カーナンバー「61」は、すばる星団の6と、勝利の1から。
NDDPとは、NISSAN DRIVER DEVELOPMENT PROGRAM(ニッサン・ドライバー・デベロップメント・プログラム)の略称。それを、そのまま使っている。千代勝正や佐々木大樹、高星明誠らがここから羽ばたいた。
NDDPとは、NISSAN DRIVER DEVELOPMENT PROGRAM(ニッサン・ドライバー・デベロップメント・プログラム)の略称。それを、そのまま使っている。千代勝正や佐々木大樹、高星明誠らがここから羽ばたいた。
トムス設立が舘信秀(たち・のぶひで)、大岩湛矣(おおいわ・きよし)の2人によるため、2人の頭文字、TachiのT、OoiwaのOとMotor SportsのMとSを組み合わせて【TOM'S】となった。カテゴリーを問わず一貫してトヨタ車で参戦しているが、トヨタのワークスチームではない。
カーナンバー「36」は、賭け事のサブロクからとったらしい。














