かわね路号
大井川鐵道は、1976年から日本で初めてSLの復活運転を行った鉄道会社。そのSL急行の愛称がかわね路号である。客車は国鉄から譲り受けたものである。これらは、戦前から戦後にかけて製造された旧形客車で、蒸気機関車全盛時代に使用された客車を、ほとんど無改造のまま使用しており、往年の客車列車の雰囲気を色濃く残している。そのため、昭和初期から中期を舞台にした映画やドラマのロケーション撮影に使用されることも多い。あそBOY
1988年に復活した58654号機がウエスタン調の50系客車を牽引する熊本~宮地間の臨時快速列車。毎年3月から11月の週末を中心に1日1往復運転運転されており、全車座席指定であった。指定席料金は800円で、ほかの快速列車より高めの価格設定だった。2005年8月、蒸気機関車の老朽化により廃止、その後キハ58系のあそ1962を経て、ゆふDXから転属したキハ183系1000番台を使用した「あそぼーい」が運転を開始した。58654号機自体は一部部品を新製し、熊本~人吉の臨時快速列車「SL人吉」に使用。
パレオエクスプレス
パレオエクスプレス
秩父鉄道のSL列車。パレオとは大昔秩父地方にいたとされる海獣パレオパラドキシアに由来する。運転開始当初は、急勾配に備えて電気機関車の補助機関車を最後尾に連結して運行していたが、後に蒸気機関車単機での牽引が可能であると判明して以来、回送時と蒸気機関車の状態不良、長期検査時、イベントによる重連運転などを除き、使用していない。客車は当初JRの旧型客車を使用していたが、のちにJRから購入した12系客車4両に置き換えられた。奧利根号
JR東日本のSL列車。1988年に復活したD51 498号機が旧型客車や12系客車を牽引して高崎~水上間を走る。上野駅 - 水上駅間を高崎線・上越線経由で運転する「EL&SL奥利根号」として、高崎駅以南を電気機関車牽引、高崎駅以北を蒸気機関車牽引で運行されていた。また、当時も、高崎駅以北の蒸気機関車牽引区間のみで「SL奥利根号」として運行されることがあった。現在は「SLみなかみ」の名称での運転。グリーンピア二本松の中を走っていたSL。SL列車はグリーンピア二本松の開園と同時に「あだたら」号として運行開始。グリーンピア二本松閉鎖に伴い、一旦運行停止され、スカイピアあだたらとして再開した後に運行が再開されていた。現在は赤字のため静態保存しているらしい。
ウエスタン村の中で走っていたSL。ウエスタン村閉鎖後どこへ消えたのか、どうなったのかは誰も知らない。
土佐電気鉄道200形製造初年は1950年。当時各地に登場した都電6000形のコピー車の一つであり、他にも名鉄モ750形などがある。都電6000形とは、軌間(都電は1372mm、土電は1067mm)や前照灯の位置(都電6000形は窓下、土電200形は窓上)等の細部が異なる。現在の在籍数は15両であり、主に桟橋線で稼動している。なお、非冷房車は夏季には朝ラッシュ時以外ほとんど動いていない。
土佐電気鉄道7形維新号
土佐電気鉄道7形維新号
1984年、開業80周年記念事業として製作された7形のレプリカである。土電では高知大空襲で戦前の資料の多くが失われており、7形の図面も保管されていなかったため、大阪市交通局の市電保存館に保管されていた同時期の電車の図面をもとに新たに図面を作成し製作している。先述のように図面はオリジナルではなく、防火上の見地から車体は鋼製であるが、明治時代の電車に見られた特徴を再現しており、窓枠・日よけ・ドア・一部の内装材などは木製としている。
土佐電気鉄道198形ノルウェー電車
土佐電気鉄道198形ノルウェー電車
ノルウェーから1992年に転入した電車。丸みを帯びたボディはアルミ製で、先頭部は前後で異なる。側窓は全て非対称。内装はメラミン化粧板、窓キセは木造・木地仕上げでカーテンが入る。床はブラウン系ひし目模様のリノリュウム、天井はヨーロッパの地図とオーロラが描かれている。
土佐電気鉄道533形ポルトガル電車
土佐電気鉄道533形ポルトガル電車
ポルトガル・リスボンの路面電車を運営するCarris社より910号とともに譲受。改造のうえ1991年より運行開始。土電2輌目の外国電車。現在は愛媛県のコカコーラ工場に静態保存されている。
土佐電気鉄道735形ドイツ電車
土佐電気鉄道735形ドイツ電車
1990年入線。1965年(昭和40年)に製造された元シュツットガルト(当時の西ドイツ)路面電車のGT-4形で、土佐電鉄へは1990年(平成2年)に譲渡された。 現地で両運転台改造を受けた上、土佐電鉄で国内基準を満たすための改造が行われている。 車体は連接構造で、両開きのプラグドアを備えている。 車内はクロスシートとなる。
熊本市交通局1350形
熊本市交通局1350形
1960年代に入り、モータリゼーションの進行や人件費の高騰などにより経営が悪化したことから、本形式以降、熊本市電では車両新製を打ち切り、大阪市から901形を譲渡された。形式は製造年の昭和35年にちなんでいる。200形(現、1200形)とほぼ同形態である。熊本市交通局8500形
























