新幹線300系
「のぞみ」の原形である「スーパーひかり」の開発スタートは1988年1月にまでさかのぼる。JR東海内に「新幹線速度向上プロジェクト委員会」が設置され、同年1月28日に1回目の講義がおこなわれた。この委員会は、100系のあとを継ぐ300系の開発について検討する委員会であった。しかし、スーパーひかりは構造や構体の強度など諸々の問題で、実用化が不可能であるということが後に判明し、設計は大幅に変更され、300系(9000番台J0編成:後にJ1編成)の試作車が1990年(平成2年)に開発された。この試作車、東海道新幹線で行われた最高速試験で最高時速325キロを記録した。新幹線400系
このビデオには出演していないが、同時期にJR線上にいたのでついでに紹介。在来線の線路を改軌工事して新幹線の線路にした山形新幹線用の新型車両。分類上は新幹線車両ではあるが、在来線も走行するため、車体長20,000mm・車体幅2,945mmと車体の狭い在来線の規格に合わせている。東京方の前頭部には200系と連結できるよう格納式連結器を採用する。車体は300系と違い普通鋼製である。最高速試験では最高時速345キロを記録し、営業用電車のスピード記録としては2007年まで破られなかった。
シーサイドライン
シーサイドライン
JR根岸線の新杉田駅と京急の金沢八景駅を結んでいる。1973年の「横浜市総合計画」・1981年の「よこはま21世紀プラン」の中で、金沢区埋立地の開発に従う交通需要に対処するために建設することになり、1983年当時の建設省・運輸省の指導による「新交通システムの標準化とその基本仕様」に沿った第1号として1989年(平成元年)7月5日に開業した。沿線にある団地住民や工場通勤客の足となっているほか、横浜八景島シーパラダイスや海の公園などへの観光路線としても活用されている。
江ノ島電鉄
江ノ島電鉄
13m弱の小型ながら高床式タイプの鉄道車両が用いられ、特に腰越駅 - 江ノ島駅間は路面電車同様に一般道を走行するが、軌道法ではなく鉄道事業法に基づいており、法律上は路面電車ではない。戦後はモータリゼーションの影響で乗客数が落ち込み、一時は廃止の危機に陥った。しかし、付近の道路が渋滞して電車の定時性が見直されたことや、テレビドラマや鎌倉・湘南ブームで江ノ電の人気が復活したこともあって、利用者数が回復・増加し、今や湘南・鎌倉の象徴的存在。このビデオは併用軌道部分でしか撮影していないため路面電車と誤解しやすくなっている。
都電荒川線
都電荒川線
交通渋滞解消政策ならびに赤字公共事業整理政策の推進にともなう都電廃止の流れの中、都電27系統ならびに32系統については、例外的に路線の大半が専用軌道であり、また当路線とほぼ並行している明治通りは渋滞が恒常的だったため、バス路線による運行代替では定時運行が困難であると判断されたため、沿線住民を中心とする利用客には当線の存続要望が強く存在していた。当線に対する交通ニーズが高く黒字運営が見込めること、大半が専用軌道であるため交通渋滞を引き起こすことがまれで、路線の管理も比較的容易であることが勘案されて、1972年11月12日までに都電路線のほとんどが廃止された後も、当路線については北本通り上にあった27系統の一部(王子駅前 - 赤羽間)が廃止されたのみで、ほとんどが存続することとなった。1974年、それまで別系統として運行されていた27系統と32系統を統合し、「荒川線」と改称した。現在は東京さくらトラムと呼ばれる。
半島の付け根付近にある丘陵地帯を貫き、古都・鎌倉市街を経由せずに大船と藤沢市片瀬地区を短絡する。丘陵地帯にありながら、当路線の開業以降、富士見町・湘南町屋両駅界隈が主に準工業地域として、湘南深沢駅界隈が商業・住宅地として、西鎌倉 - 目白山下間の各駅界隈では昭和初期からの別荘地であったものが高級分譲地として再整備されるなど開発が進んだ。そのため、三菱重工業などへの用務客の利用が増加し、沿線から東京方面への通勤と沿線への通勤の両方の需要がある通勤路線としての性格を強める。
東京モノレール
東京モノレール
この路線は跨座式で、ほとんどの部分が高架線だが、羽田空港旅客ターミナル移転に伴う路線の移設・延長に伴い、天空橋駅付近と新整備場 - 羽田空港第2ビル間は地下線となっている。なお、地下線建設の際、構造上トンネルの断面積が大きくなるなどの理由で建設費がかさみ、運賃も値上がりした。1993年9月の羽田空港延伸前後の運賃を比較すると、一般の空港利用者は乗車距離が伸びたため、1991年末時点ではモノレール浜松町 - (旧)羽田間 (13.0km)が300円だったものが、1994年8月時点でモノレール浜松町 - 羽田空港(現・羽田空港第1ビル)間 (16.9km)が460円になった。現在はJR東日本の傘下。
大阪モノレール
大阪モノレール
大阪モノレール線は大阪市を中心に放射状に延びる私鉄を環状に接続し、周辺都市間の移動の確保を図るために建設された。大阪市内中心部を通らないため、また開業当初はドル箱である大阪国際空港までの延伸が遅れたこともあり(蛍池駅付近の用地買収が難航したため)、赤字に苦しんでいた。事実、大阪国際空港へ延伸されるまではエキスポランド利用客やガンバ大阪主催試合の観客輸送に頼っていた面があり(乗客は)天気に左右されるといわれていた。現在は空港利用客やパナソニックグループの通勤客で賑わう。
高尾山ケーブルカー
高尾山ケーブルカー
高尾山口駅の近くの清滝駅から高尾山駅まで登るケーブルカー。途中、608パーミル(31度18分)という、鉄道事業法準拠の日本の鉄道における最急勾配が存在する。なお、同法に準拠しないケーブルカーにはさらに急勾配のものが存在する(宮ヶ瀬ダムインクラインの35度)。最緩勾配は105‰とケーブルカーとしてはかなり緩く、走行中の車体の傾斜の変化が大きい。
























