山陽道、宮島SAには鳥居がありました。
関東から九州方面に行く時は主に山陽道を選んでいました。
東名〜新東名〜伊勢湾岸〜新名神〜名神〜新名神〜山陽道〜中国道〜九州道
途中で宮島SAに寄ってお好み焼きとカレーを食べるのが好きでした。
そして、お散歩をして鳥居をくぐって海を眺める時間が好きでした。
遠くに見える海、広い空。
宮島まで来れば九州はもう間近、そう思って走ってました。
懐かしいな〜
俺はトラックドライバー として日本の色んなところに行くことができました。
美しい日本の風景を見て、美味しいものを食べて。桜前線を実体験で感じることができたのも中々得難い経験だったと思います。
特に広島ではポプラという最強のコンビニがあるので、お腹が空いている時には絶対ポプラの弁当を食べていました。おかずも美味しくて、ご飯も量が選べて、しかも炊きたて。おまけで付いてくる「ふりかけ」も嬉しかった。
元請けで仕事をくれていた担当者さんにも、俺を雇ってくれた会社にも感謝しています。特に傷病手当を貰っている今、健康保険にも感謝しています。
有難いなあ・・・
それと後ひとつ、
以前にも書きましたが、広島といえば原爆ドームを避けて通ることはできません。
トラックで行ったが為に駐車場がなくて、観光バス用の駐車場を探しましたが、トラックは不可。でもその駐車場の警備員のおじさんとお話をした事が今でも心に残っています。
市が管理してる駐車場だったのですが・・・
駐車場のおじさん(以下おじさん)「どうしてトラックなの」
俺「広島が降ろし先でさ、修学旅行とかでも来た事がなくて、真面目に歴史を記憶に残したくて」
おじさん「よし、俺が市役所に掛け合ってやる!」
離れたところから電話するおじさんの声が聞こえます。
「他に誰も止まってないんだし、きちんと勉強しようとしてる人だってば!」
残念なことに市役所の方の許可はおりませんでしたが、役所の方もとても申し訳なさそうでした。
でも、ここまで交渉してくれたおじさんに感謝しますし、その時に考えたのは、この場所は仕事の流れでくるのではなく、襟を正してくるべき場所だ、ということ。
今はもう時勢の関係もあって行くのは厳しいけれど、忘れてはいけないこの歴史。
確かに過去に囚われてはいけない事もある、そうでなければ前を向けないのも分かってる。
でも、絶対に過去にしてはいけないこともある。
「繰り返すまじ」そう誓ったあの日から、世界で核を使った戦は起きていません。
当然、日本も原子力は平和利用しかしていません。
この事こそが「歴史から学んだ」という事だと思います。
愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ。
歴史を、過去と切って捨てない事こそ、学び続ける事こそが人間の人間たる所以であてほしいと思います。