父は小康状態だったので…
とりあえず予定通り
19日に帰宅することに…
帰る前にまた病院へ行き
ほぼ意識のない父に
お礼とお別れを告げて…
夜 帰宅しました
翌20日は
いちばん歳の離れたママ友と
2年ぶりの再会
東京で会って来ました
テラスで東京駅を眺めながら…は
流石に寒くて無理だったので
店内で…
でもこちらの眺めもよかったです
さて
歳の離れたママ友
いくつ違いかというと…
18歳![]()
彼女は若干45歳
娘が同い年という共通点からスタートして
いまは大事な友達となりました
彼女は早く
わたしは遅く…
ママになったからこその出会いに感謝です
KITTEのクリスマスツリー
パァーと眩しく白く輝いて
暗くなるの繰り返し
上手く撮れていませんが
豪華でとっても綺麗でした
積もる話をたくさんして
尽きない話に区切りをつけて
またね と別れて帰りました
3ヶ月前からの約束だったので
会えてほんとによかったです
父に感謝
そして翌21日
11時頃に
泣きじゃくる母からの電話で
病院から
この土日が峠と連絡がきたと聞きました
同じく病院から連絡受けた
長弟と話をすると
先生の説明からして
とりあえず今日は様子見で
病院には行かないことになりましたが
遠方のわたしは移動です
少し早く知らせてくれたのは
病院の配慮と思われます
タイミング悪く
朝からインコが元気なく
どうやら普通ではないので
でも亡くなったLのように
行くことでストレスかかり悪化するのが怖く
病院に行くか行くまいか
実は朝からずっと悩んでいたけど
不在にするなら行っておこう!と
連れていき
鼻風邪と言われて薬をもらって
連れて帰り
その後バタバタと用意をして
残念だけど喪服も入れて
前日は楽しく過ごした東京に向かい
中一日でまた
新幹線に乗り込みました
そして今日
家族総出
母
わたしたち3姉弟に
義妹
甥 姪の7人で
父を見舞いに行きました
面会の手続きをして
病室に向かうと
父は個室に移されたとのことで…
看護師さんが案内してくださいました
病室に入ると
酸素マスクをして…
一昨日よりまた小さくなった父が
横たわっていました
見るなり母は
泣きながら縋りついていましたが…
わたしたちは
父との思い出話を
ボケたりつっこんだりしながら
笑いながらたくさんして…
人間 最期まで耳は聞こえる
ということを信じて
父に届けました
そして
もっと長生きして欲しいけど
回復の見込みが一切ないこの状態が
父の幸せとは思えないわたしは…
母のように
もう頑張ってとはとても言えない
なにも心配ないよ
皆元気に生きていくから
もうゆっくり休んでね
お疲れ様でした
ありがとう
と母が出たあとに
伝えました
さて
そのときはいつ来るかわかりません
シビアな話…
そう現実問題
父が逝ったあとのこと…
葬儀について
縁起悪いなど言ってられず
考えなくてはいけません
葬儀関係の仕事に就く友達に
事前に当たっておくようにと
アドバイスを受け
何社かに見積もり依頼しました
…お高いですね
悲しんでばかりいられない
シビアな現実も待っています












