11月21日に
危篤と言われた父は…
生命力の強さをまた発揮
ヤマと言われた22日 23日を
越えて
意識はほぼない状態でしたが
閉じていた目が開き…
声かけに一瞬目を向けたり
少し笑うような仕草があったり
手をギュッと握り返してきたり…
本人の意志ではないらしいけど
主治医の先生には
炎症の数値はよくなっており
酸素マスクの使用量も減っていて…
決して元には戻らないけど
少し落ち着いた状況だと言われました
病院としては普通に
「治療」を続けるようで…
反応ないけど
「リハビリ」嚥下の承諾書への
サインを求められたり
レントゲンや血液検査されたり…
抗生物質を引き続き点滴されたり…
ほんとに最低限の治療をしながら
先生にも誰にも
正確にはいつかわからない
「その日」を待つ
そんな状態になりました
毎日お見舞いに行きましたが
26日に行って
先生のお話を聞いたあと
万が一
わたしが間に合わなかった場合の
段取りを長弟に伝えて…
一旦自宅に帰りました
27日に用を済ませ
翌28日に大阪に戻ろうと
準備していたら
病院から電話が…
ビックリして慌てて出ると
主治医の先生からで
「転院の準備を始めたいと思います
場所のご希望はありますか?」
え? あの状態で??
今から転院??
…急性期の病院なので
入院期間は
2週間ほどと言われていましたが
いやいや一度は危篤と宣言されて
もはや回復はないと言われ
個室にも移っている
あんな状態で…?
「もちろんあくまで準備で
移せる状態でなければこのままこちらで…」
とのことで
先生は色々丁寧に説明してくださいましたが
もし転院となれば
父の身体的負担の大きさや…
正直なところ
また必要になる入退院の手続きや
お金のことが頭によぎり
ちょっと複雑な心境で
新幹線に乗りました
すみません
つづきます




