SNSのおかげで、世界中の素晴らしいプレーが簡単に見れるようになった。
こんな素晴らしいことはない。
しかし、今この時代で、それしか知らない子たちは、そこから何を学ぶことができるのか。
ショート動画が当たり前、サッカーの試合を見れる力がない中では、本当に大切なことを見つける判断を養うことは非常に難しい。
断片的な一部分、形だけを見て、基礎基本なんてわからない。
大人たちも売れることを中心に考えているから、薄っぺらい表面上だけ。
ドリブル上手くなりますよ、楽しみながら上手くなります…まるで、楽して痩せるというキャッチコピーと同じで、そこには基礎基本が一切ない。
昨日のリフティングトレーニングでは、考えさせられることがあった。
表面的な物事の見方に慣れたら、考え方に問題が生じる。
だから、形という結果を求め、中身を考えられない。
例えば、ヘディングのリフティングを身につけようとして、手でボールを持ち、頭に当てる練習をするようなことで、そもそも、ヘディングのリフティングを上手くなろうとする考え方に問題がある。
それこそ、そのリフティングは何のためにするのかの正しい理解が必要。
リフティングが上手くなりたいためにやるのか、リフティングというトレーニングは、サッカーが上手くなるためにやるのかということ。
本来ならサッカーが上手くなりたいという思いの強さがあれば、あらゆることからサッカーに繋げ、サッカーが上手くなるためにやれるが、上手くなりたいの思いも弱い、上手くなるための考え方にも間違いがあれば、結果は目に見えている。
だからこそ、こちらが日々考え続け、工夫し続ける。
個々が感じ、考え、理解し、考える力を身につけられるようにするには、大人がちゃんとやっていかねばならない。
子どもに任せた時点で、大人の怠慢であり、成長を止めることになる。
