思い出す「手植え」・・・60数年前の記憶 | 葉っぱのブログ

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「稲植えてもらえるかな」今は集落を出ている同級生からの依頼でした。
彼のお兄さんは集落で一人で暮らし、農業と水道関係の仕事をこなしておりましたが昨年末突然死でした。一度結婚をされておりましたが離婚をされ今は昔から続いている家と田畑を守りながらの生活でした。同級生から聞いた話では5人の男性兄弟で他は全員が家を離れ独立して暮らしており田畑・家は同級生に渡ったそうです。彼は自動車整備会社を同じ町内で営んでおりますので田んぼはJAの機関を利用して隣の大農家の方と利用権設定を結び任せることになったのですが、除外地でもあった昔の「なしろ?」と言われているこの田んぼはやれないと断られたそうです。お隣の田んぼの方へのお願いしてみたのですが、沼地みたいな田んぼで機械が入ってもぬかるみにハマることが多かったみたいでした。それでも植えないとなるとすぐ荒れ地となってしまうので私への冒頭の言葉となりました。長男の方も植えてはいたのですが、秋までいつも水が引けることがなかったようです。田植え機も入らない状態になんとしようと思ったのですが小学校の頃「よえっこ」(ゆい)と呼ばれていた集落の仲間の共同作業がありました。私たち姉妹も学校が休みの日は田んぼで植えたことのある手植え作業でした。
 

 
同級生の依頼を引き受けのには訳があります。
数年前の豪雪で壊れてしまったハウスの跡地を少しずつ田んぼにする作業を今年から続けることにしました。20aほどの場所ですが業者に頼んでも重機を動かすのには莫大な費用が掛かります。ハウスとハウスの間の掘った溝に土を埋め戻す作業を彼に昨年暮れ依頼しました。その直後のお兄さんが亡くなられ今年の5月に忙しい彼に無理にお願いして作業をしていただきました。そのような縁があり私も彼の依頼を引き受けることにしました。なんとか手植えも忘れずにいてやれましたのでまずは約束が果たせました。ハウスの跡地なので水が入るか心配しましたが何とか入るようです。明日土曜日長男から上の田んぼを植えてもらいます。下のハウス跡地は代掻きをしてから6月初めになります。
上の田んぼは自家用と姉妹・親戚の縁故米となります。40aの田んぼの残りは今年は草刈りをきちんとしてミニトマトと秋には加工用の大根と人参を植える予定です。採取業として食品加工をするためには自家栽培の野菜は貴重な材料となります。