2023年10月の国宝を巡る旅、2日目の29日は岩手県平泉町の中尊寺からスタートです。
 写真は毛越寺の浄土庭園です。


 この地域には平安時代末期に栄えた奥州藤原氏が築いた寺院や遺跡が多く残り、2011年に「平泉 - 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。

 登録資産の一つである中尊寺は、平安時代に比叡山延暦寺の最澄の弟子の円仁による開山と伝えられ、奥州藤原氏初代清衡が平泉に移転し大伽藍を整備したそうです。

杉木立の参道 月見坂を登っていくと

弁慶や義経公をまつる弁慶堂や

地蔵堂などお堂や神社が並んでいます

中腹には中尊寺の本堂がありました。

更に奥に進むと、国宝の金色堂が見えてきました。

中尊寺金色堂は岩手県唯一の国宝建築で、平成後期に藤原清衡が建立しました。

この建物の中に、黄金のお堂とご本尊の阿弥陀如来などの仏像が鎮座していました。中の様子は中尊寺のHPからどうぞ。

https://www.chusonji.or.jp

金色堂の隣には、重要文化財の経蔵と

同じく金色堂覆堂が並んでいました。

更に奥に進み、中尊寺鎮守の白山神社の境内へ。

こちらにも重要文化財の能舞台がありました。

 次に2kmほど南下し、毛越寺へと向かいました。 

毛越寺も世界遺産 平泉の構成資産で、奥州藤原氏の二代基衡、三代秀衡により造営されました。

 往時は国内に並ぶものなしと称された壮大な伽藍があったそうですが、今は回遊式の浄土庭園が残るのみです。

しかし、紅葉が色づき始めた中、

回遊式庭園を巡ると

極楽浄土を目指した往時の空気が

偲ばれるような感じがしました。


 毛越寺の東隣には二代基衡の妻が造営した観自在王院跡が

こちらも世界遺産構成資産です。

北隣には同じく構成資産の金鶏山が。

麓には源義経公妻子の墓がありました。

 義経公は奥州藤原氏の庇護のあと、源平合戦で活躍しましたが、兄の頼朝と対立し、奥州藤原氏も含め鎌倉幕府に滅ぼされてしまいました。

 松尾芭蕉は平泉を訪れた際に「夏草や 兵共が 夢の跡」と詠みました。

毛越寺の東側には滅ぼされる前の藤原氏の政庁跡と推定される柳之御所遺跡が。こちらも世界遺産構成資産です。

その西隣には三代秀衡により造営された無量光院跡が。こちらも世界遺産構成資産です。

 この旅の最後は、130kmほど南下して宮城県の白石市へ。

 白石城は伊達政宗の重臣 片倉小十郎が城主となって以降、片倉氏の居城です。

武家屋敷など

城下町の風情が残る中、

神社の鳥居の向こうにお城が見えてきました。

大手門へと進むと

塀の上に天守(三階櫓)が現れました。

大手門をくぐると天守が一望できます。どちらも平成7年に復元されています。

 この後、仙台空港から帰途につきました。

 次回は今年の11月に訪れた近畿方面の国宝を巡る旅をご紹介します。