2026年4月のお遍路の旅、3日目の15日は徳島駅からスタートです

写真は12番札所 焼山寺の参道です


駅付近でレンタカーを借り、西へ9kmの第14番札所 常楽寺へ向かいました
常楽寺と次の国分寺は前日訪れる予定でしたが、自転車での移動に思いのほか時間がかかり、この日の訪問となりました

常楽寺の入り口の石段の両脇には山門の代わりの石柱がありました

ゴツゴツとした自然の大岩盤の境内を進むと

正面に本堂がありました

常楽寺は弘法大師の創建で、この地を訪れた大師が弥勒菩薩の像を刻み堂宇を建てて本尊にしたそうです

戦国末期の天正年間に戦火で焼失し荒れ寺となりましたが蜂須賀家によって再興されたそうです

現在大河ドラマ「豊臣兄弟!」で高橋努さんが蜂須賀小六を演じていますが、その後、蜂須賀家が阿波の国主となりました

本堂右手のこちらが大師堂です

こちらが常楽寺のお納経とお姿です

次に1km北の第15番札所 国分寺に向かいました

こちらが山門です

その正面に堂々とした本堂がありました

国分寺は天平時代に聖武天皇が天下泰平を祈願して全国66カ所に建立した国分寺の一つで、建設を指揮した行基が彫ったとされる薬師如来が本尊です

本堂の右手には大師堂がありました
大師堂の向かいの鐘楼隣の松の木の前には天平時代の七重塔の心礎が残っていました

こちらが国分寺のお納経とお姿です

次に4km南西の第13番札所 大日寺に向かいました

こちらが大日寺の山門です

門を入った正面には合掌した手の中に入った「しあわせ観音」がありました

その左手には本堂がありました

大日寺は弘法大師の創建で、この地を訪れた大師が大日如来を刻み堂宇を建てて本尊としたそうです

本堂の反対側には大師堂がありました


こちらが大日寺のお納経とお姿です

次に約30km西の神山町にある第12番札所 焼山寺に向かいました

途中の道路脇の川には沈下橋が架かっていました

焼山寺の駐車場には枝垂れ桜が咲いていました

綺麗に並んだ石灯籠の参道を進みます

石段の先に山門が見えてきました

こちらが焼山寺の山門です

杉木立の境内を進むと

本堂が見えてきました

焼山寺は元々は役行者小角の開山ですが、この地を訪れた弘法大師が虚空蔵菩薩を刻み本尊としたそうです

右隣には大師堂が

その正面には鐘楼がありました

境内を戻ると出口には道標が

本来は第11番札所の藤井寺から「遍路ころがし」と呼ばれる険しい山道を一日かけて歩きますが、今回は第13番の大日寺から逆コースを車で登らせていただきました

こちらが焼山寺のお納経とお姿です

次に約40km西の小松島市にある第18番札所 恩山寺に向かいました

途中、山を下った所に杖杉(じょうしん)庵の衛門三郎碑がありました

衛門三郎は四国遍路最初の人といわれ、托鉢に来た弘法大師を追い返し鉢を割ってしまったところ8人の子供を相次いで亡くし、大師に謝罪するため巡礼の旅を続け、この地でやっと大師と会えたところで命が尽き、大師が杖を墓標としたところ杉の木になったと伝えられています

恩山寺のある山の中腹には仁王門がひっそりと佇んでいました

駐車場から石段を昇り本堂を目指します

石段を昇ると正面に本堂がありました

恩山寺は行基の創建で本尊は薬師如来です

境内の後方右手に大師堂がありました

大師堂の右隣には大師の母君 玉依御前の剃髪所が

修行中の大師に会うためこの地を訪れた母君がここで剃髪し、その時の髪が納められているそうです

こちらが恩山寺のお納経とお姿です次に5km南の第19番札所 立江寺に向かいました

こちらが仁王門です

境内を進むと左手に本堂がありました

立江寺は聖武天皇の勅願により行基が光明皇后の安産を願い延命地蔵菩薩を本尊として堂宇を建てたのが始まりといわれています

花々で彩られた境内の右手には立派な多宝塔が

その先には大師堂がありました

立江寺も天正年間の兵火で焼失後、徳島藩 蜂須賀家により再興されました


こちらが立江寺のお納経とお姿です

次に16km西の第20番札所 鶴林寺に向かいました

こちらが仁王門です

山上の境内は雨で煙っていました

仁王さまの手前には鶴の像が

門をくぐり右手の石段の先には本堂が

鶴林寺は桓武天皇の勅願で開基され、本尊は地蔵菩薩です

本堂の両脇には鶴の像が

本堂の左手には大師堂が

こちらが鶴林寺のお納経とお姿です

次に13km南の第21番札所 太龍寺に向かいました

こちらのロープウェイ乗り場から入山です

太龍寺はこの日訪れた焼山寺、鶴林寺とともに「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と急勾配を上らなければ辿り着けませんでしたが、このロープウェイにより10分で到着です

標高約600mの山頂に向かう西日本最長のロープウェイで、眼下には雄大な眺望が広がる予定でしたが生憎の雨でした

山頂駅から入山です

石段の途中に鐘楼門がありました

更に急な石段を昇り

大師像が佇む境内へ

こちらが大雨に煙る本堂です

太龍寺は桓武天皇の勅願で開かれ、弘法大師が自ら刻まれた虚空蔵菩薩が本尊です

本堂は落雷や火災で何度か消失し、現在のものは江戸末期の嘉永年間に蜂須賀家により再建されました

雨に煙る先には大師堂が

こちらが太龍寺のお納経とお姿です

次にこの日最後となる18km東の第21番札所 平等寺に向かいました

こちらが仁王門です

仁王門から本堂まで

5色の帯で繋がっていました

弘法大師がこの地を訪れた際、5色の瑞雲がたなびいたそうです

真っ直ぐな石段を昇り

本堂に到着です

平等寺は弘法大師の創建で、大師が薬師如来の像を刻み本尊としたそうです

石段を降りると右手に大師堂がありました

こちらが平等寺のお納経とお姿です

この後、33km北の徳島駅に戻って車を返し、JR牟岐線でこの日の宿のある50km南の日和佐駅に向かいました

翌日は徳島県最後の札所を巡った後、バスを乗り継ぎ高知県内の札所を巡りましたが、それはまた次回で