2025年11月の国宝を巡る旅、2日目の21日は近江八幡からスタートです
写真は近江八幡のシンボル、八幡堀です


近江八幡は豊臣秀吉の甥の秀次が築いた城下町で、湖と繋がる八幡堀の水運により商業都市として発展し、いわゆる近江商人の発祥の地です

八幡堀の水面には紅葉が映っていました

堀に沿って進むと

近世にタイムスリップしたような気分になります

堀から見上げる八幡山には

豊臣秀次が築城した八幡山城の石垣が残っていました

遊覧船で八幡堀めぐりを楽しめるそうです

陸に上がると、こちらもタイムスリップしたような

城下町の風情がひろがっていました

近江八幡は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています

こちらは日牟禮八幡宮です

3月中旬の土日に行われる火祭りの左義長祭りが有名で、安土城主だった織田信長も南蛮笠を被り参加したと信長公記に記されています

 次に約5km東にある、信長が再興した浄厳院に向かいました

こちらが重要文化財の楼門です

こちらが同じく重要文化財の本堂です

この浄厳院は信長の斡旋で行われた、浄土宗と法華宗の宗論「安土宗論」の舞台となったそうです

 次に1km東のJR安土駅に向かいました

ロータリーには信長が愛好し、安土城下で大会を開いた"相撲"のモニュメントがありました

目的の安土城郭資料館は駅の隣にありました

館の中央には安土城の大きな模型が鎮座していました

横から見ると二つに分かれ、内部の断面を見ることが出来ます

建築史家の内藤昌氏が発見した天守指図によると、内部は吹き抜けで渡り廊下があり宝塔を上から眺めることができたそうです


館の二階には信長ゆかりの品々が展示されており、安土町の「信長LOVE」を感じました

写真は当時の宣教師が描いた信長像です

 この後、約2km北にある日本100名城の安土城に向かいました

入り口で入場料を払い、復元された大手道の石段を昇っていきます

頂上まで405段あるそうで、杖を借りて昇っていきました

石段の両側には家臣の屋敷があったそうで、こちらは前田利家邸跡です

勾配がきつく段差も大きい石段を何とかよじ登っていくと

門の跡の石垣が見えてきました

頂上にある本丸はもうすぐです

こちらが頂上にある本丸跡です

本丸御殿の礎石は清涼殿と酷似していることから、信長が天皇を迎えるための施設だったと推測されています

その西側の斜面を登って行くと

天主跡の石垣が見えてきました

天主跡には礎石が残るだけですが、この上に先程の模型の天主閣が建っていました
安土城は日本で初めての天守のあるお城で、安土城のみ"天主"と表記します

西側からは琵琶湖を眺めることが出来ました


天主台の西の二の丸跡には信長を祀る信長公本廟がありました

信長は安土城が完成した三年後、本能寺の変で50年の生涯を閉じ、その直後に秀吉が明智光秀を討った山崎の合戦の際、安土城の天主も焼失してしまいました

 帰りは当時の面影が残る摠見寺のある、西側コースを通り下山します

途中、琵琶湖の内湖の西湖が見えました

さらに下っていくと、荘厳な三重塔が見えてきました

信長が安土城築城時に菩提寺として移築した摠見寺の三重塔で、重要文化財です

さらに下っていくと門が見えてきました

摠見寺の二王門で、同じく重要文化財に指定されています

この二つの建物だけが安土城のあった当時から今も残り、往時を偲ばせてくれます

麓の出口近くに大きな石垣が

この上には秀吉邸跡がありました

 次に約20km東の永源寺に向かいました

途中のお肉屋さんで売っていた近江牛の焼肉を昼食がわりに美味しくいただきました

琵琶湖の東側、東近江市にある永源寺は紅葉の名所で

駐車場から境内に向かう道沿いも紅葉が赤く燃えていました

境内の庭園の苔の上には紅い紅葉の絨毯が敷かれていました

境内の紅葉はちょうど見頃でした

樹々別の紅葉により鮮やかなグラデーションが楽しめました

本堂奥の山も色づいていました

鐘楼の周りや

山門の辺りの紅葉は色づき始めでした

お寺の入り口の総門も紅葉の下にありました

境内に戻ると永源寺が逆さまになった看板が

池に映るとちょうど良くなる仕掛けでした

再び境内の紅葉を

堪能しながら

永源寺を後にしました

帰り道、滋賀県名物「飛び出し坊や」の紅葉バージョンを見つけました

元祖はこのバージョンです

ここ東近江市が発祥だそうです

 この日はこの後、湖東三山の百済寺に向かいましたが、紙幅が尽きましたので、それはまた次回に