水島臨海鉄道水島本線・球場前-西富井
ちなみに、臨鉄キハの話題が出てくるのは3日後の予定。もうしばらく
神戸の話題が続く。
ということで、今日も<鉄>分が薄めの記事が続くのだが...。
……
古墳が盛んに造られたのは、いまから1500年以上前のこと。当然、
どこも木々に覆われ、また、盗掘やその後の時代の開発の影響なども
あって、なかなか原型を留めている所は少ない。
そんな中で、小学校の頃、歴史の教科書に載っていた五色塚古墳に
興味を持って、中学に入った年の夏休み、宿題を言い訳にして、
本当に来てしまったのは26年前のこと。
神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
26年ぶりに上るのだが...
徐々に当時の記憶がよみがえってくるのである。
神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
まずは南側にある「前方」部を。
26年間で変わったのは、正面の大きな吊り橋だろうか。霞ヶ丘の隣が
舞子公園、その舞子公園駅のほぼ真上から淡路島を結んでいるのが、
明石海峡大橋。
そのまま淡路島を貫いて、大鳴門橋を経て四国入りする経路は高速バスで
何度も通っている。でも、当時は、まだ瀬戸大橋(児島-坂出ルート)の
完成からも日が浅く、ここに橋が架かるとは信じられなかった頃のこと。

神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
26年前。この写真はさらに高いところにある「後円」部の縁から
「前方」部を見下ろしたカットだが、ほぼ同じ方向に瀬戸内海が
見えている。
神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
「前方」部から「後円」部を見上げたカット。
こう見るとなんだか公園のような広場のような...
実際、私と入れ替わりのように帰って行ったが、周辺の方にとっては
史跡と言うよりちょうど良い子供の遊び場のような感じで、何組かの
家族連れが小さな子供を遊ばせていた。

神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
このカット、ほぼ同じ撮り方で26年前にも撮っていた。
ちょっと雑草が増えたくらいの差異だろうか??
まさか、古墳の“定点比較”を撮るとは思っても見なかった。
とはいえ、4世紀後半に造られ、この地方の豪族を葬ったとされる
同古墳の1500年あまりの歴史の中では、“たった26年後”ではあるのだが...
というわけで、階段を上れば後円部である。

神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
ぐるっと1週並べられた埴輪たちの向こうに住宅街が広がる
この光景も26年前とほぼ同じ。
神戸市垂水区五色山・五色塚古墳
もちろん、振り返れば瀬戸内海、その向こうに淡路島を望むのも
変わっていない。
さて、<鉄>としては、やはり、「前方」部の端の様子が気になるわけで...
五色塚古墳の、左端の方はほんのかすかに削り取られたような形になっている。
そう、山陽電車の線路が通っているのである。山陽垂水を出て霞ヶ丘に
到着する直前、海とは反対側の車窓(姫路ゆきの右側)を凝視していると、
この古墳が見える。
ということは...
「前方」部に戻って、カメラを構えたまま埴輪の近くをウロウロ、
完全なる不審者である。でも、マンションをかわしながら山陽電車の
線路が見えるように...
三脚を立てるわけにもいかない場所で(そもそも持っていなかったが...)、
構図を決めるまでに結構苦労したのだった。その中で自分なりにベスト
ポジションを。
山陽電鉄本線・霞ヶ丘-山陽垂水
それにしても、マンションの影からいきなり飛び出してくる電車...
ずっとカメラを構えたまま、待ち続けねばならず緊張を強いられる
撮影でもあった。
さぁ、再び霞ヶ丘駅に戻って、13:46発の阪急三宮ゆき普通電車で
向かった先は...