明治維新から、急速に近代化を進めたわが国、その“主役”でも

あったのが鉄道だったのかも知れない。初期の頃は輸入が中心だったが、

客車から国産化がはじまり、大正時代になると幹線用の大型機関車も

国産化されるようになった。

初期の頃は鉄道院、鉄道省の工場で製造されることもあったが、全国に

鉄道網が拡がるようになる頃には造船メーカーなども含めて、鉄道車両

メーカーが増え、国鉄の工場では車両の修繕や定期検査を担当、新造するのは

車輛メーカーの役割というのが確立されていく。

ただ、“歴史は繰り返す”。鉄道車両自体の需要が減り始めた近年、JRが

メーカーの株式を取得して子会社化するなど、さまざまな形で“業界再編”が

進んでいるみたい。

 

 

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神戸市兵庫区和田山通・川崎重工業兵庫工場付近

 

そんな中、神戸市には有名な鉄道車輛メーカーがあり、いまでも

新幹線から海外輸出向けの車両まで多種多様な車両を生み出している。

そうした車両メーカーの少なからずで、本社や工場の敷地内に自社が

製造した車両を引退後、鉄道会社から引き取って保存している例が

見られる。そんな保存車を撮りたくて、明石に向かう前に私が降り

立ったのは高速長田駅だった。

……  ……

神戸高速線の高速長田駅で下車。地下駅から、薄暗い階段を上がって

地上に出たところは大きな交差点。朝9時なのに陽射しが...

汗が噴き出してくるのだった。

 

 

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神戸高速鉄道阪神神戸高速線・高速長田駅

 

長田の交差点を南へ。まず、コンビニに入ってPETボトルの

飲み物を確保...

でも、ポケットを探してもバッグの中をひっかき回しても...

小銭入れが見つからなかったのである。幸い、カード類やきっぷ類は

紙幣とともに別の大きめのサイフに入れている。小銭入れには、確か、

500円硬貨が1枚あったはずだが、それでも1,000円には満たない。

だから、まだ諦めは付くのだが...

問題は、自宅とともに会社の鍵を小銭入れにぶら下げていたのである。
「アタマの中が真っ白になる」というのはこのことだろうか、悪い汗が

噴き出して...冷静になろうと振り返ってみれば、伊丹空港のバス乗り場に

ある券売機で乗車券を買ったとき、お釣りのないように小銭で支払った

記憶が。三宮駅では1,000円のフリーきっぷを買っただけ。だから、

落としたとするなら阪神リムジンバスか、伊丹空港の券売機付近。

ガラケーだとこういうときの調べ物には不向き。

必死になって「阪神バス」をiモード検索。見つかった電話番号に

かけてみたら...

「あぁ~、うち、市内のバスだけ...、こちらの電話番号に...」

教えてもらった番号に掛けたら、

「確かにそのバスは阪神ですねぇ。でも、西宮営業所の担当なので...」

さらに教えてもらった番号にかけ直して、ようやく...

「どんな小銭入れ!?」
「黒い小さいヤツです!!」

「他に何か...」
電話口の担当者のちょっと何かありそうな口ぶり、なかなか自分の

小銭入れをじっくり観察することはないわけで、ちょっと考えた上で...

ハッとして。

「※※※のストラップを」
目立つようにするためだけに、なぜかストラップを付けていたのだった。
途端、担当者さん「あぁ、それなら、あなたので間違いないね」
運転手から拾得の報告が入っていること、その運転手さんは三宮を

10:30発の伊丹ゆきに乗務予定であることを教えていただいた。

三宮バスのりばで小銭入れを渡して貰えることになってひと安心である。

でも、長田まで来ていたのに三宮まで逆戻りという...何やっているんだか。

 

 

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兵庫県神戸市兵庫区和田山通付近

 

さて、「車輛メーカーの工場」というイメージとはかけ離れている...

気がしたが、JR線のガードを潜った先に“Kawasaki”赤いロゴを掲げた

高いビルが。
 

 

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神戸市兵庫区和田山通・川崎重工業兵庫工場付近

 

こちらである。川崎重工業兵庫工場。大通りから左に入れば

確かに工場!!
 

 

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神戸市兵庫区和田山通・川崎重工業兵庫工場付近

 

小さな運河(?)、橋が架かっている。どうやら工場内を結ぶ橋のようだが...
同社がこれまで製造してきた蒸気機関車たちがデザインされているのである。
「パシナ号」、でも、その隣の「9600形」に目が行ってしまう自分である。

 

 

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神戸市兵庫区和田山通・川崎重工業兵庫工場付近

 

その隣には0系新幹線が展示されていた。21-7008号車である。
JR西日本に最後まで残った0系新幹線で、2008年12月14日、新大阪発

「ひかり347号」で博多までの0系新幹線にとっての最終運行に使用された

編成の先頭車だった。この車両、製造が1983年、この川崎重工兵庫工場

だった縁で、廃車後、川重が譲受、生まれ故郷であるココに搬入された。

会社敷地内での保存であるため、内部に入ることはできないが公道から

見えるように展示されている。

こちらも貴重な保存車なのだが...
 

 

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神戸市兵庫区和田山通・川崎重工業兵庫工場付近

 

隣にある白いカバー、こちらは...
実は「ええええええーーーーっ!!!」と言いたい心境だった。
お目当ては撮れず、白いシートを撮っただけ、嗚呼。

ここには、クハ181-1号車、もとクハ26001号車がいるはず。
0系新幹線と違って、こちらは自分が実見したことがない車両なのである。
1958年(昭和33年)、ビジネス特急「こだま」として華々しくデビューした
トップナンバー車。それまで機関車牽引だった特別急行列車を電車化した、
それにより、東京-大阪間を6時間半にまで縮め、初めて日帰り圏に。
動力分散式による特別急行列車、日本の鉄道史上、重要な転機だった。

ちなみに、クリーム色に朱色の帯が入った「国鉄特急色」という車体塗色も
この電車から始まった伝統だった。

と、書いたのに掲載している写真は白いカバーだけ。ちなみに“中身”は...

 

 

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神戸市兵庫区和田山通・川崎重工業兵庫工場付近
 

こちら。東海道本線の特急「こだま」でデビューしたクハ26001号車も、
その後、車両称号規定変更でクハ151-1を経て改造でクハ181-1に改められ、
新幹線開業後には上信越方面の特急へとコンバートされ、新潟運転所を経て
長野運転所を最後に1976年(昭和51年)に廃車となった。

という訳で、次回訪問時への“宿題”となってしまったのである。
この先に、工場内を横切る形で踏切があり製造中の新車を見ることができる

場所があるそうなのだが、そう、急ぎ、三宮に引き返さないとならなかった。
 

 

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神戸市長田区菅原通付近

 

再びJR山陽本線のガードを潜り...

行き交う列車とともに、手前側。プツリと途絶えたようになっている

手前の高架、“廃線跡”だろうか、そのあたりも普段なら気になるところ

なのだが、このとき、私はそれどころではなかった。

 

 

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神戸高速鉄道阪神神戸高速線・高速長田駅

 

10時過ぎに再び高速長田駅に。

 

 

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阪神電鉄本線・神戸三宮駅

 

今度は山陽車の直通特急で三宮には10時半。まさに“振り出しに戻った”形に。
外に出ると参院選の演説が行われており、TVで見かける評論家が何だか

エラソーに。

そんな脇を抜けて、歩道橋を渡った先。大通りに面したバス乗り場で

名前を告げると無事、小銭入れを受け取ることができてホッと一息。

三度、三宮駅に向かった。