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神戸市垂水区五色山・五色塚古墳

 

そもそも、小さい頃、自宅にあったマンガで日本史を学習した自分、
その中で幕末でも戦国時代でもなく、なぜか古代史に惹かれたのだから、
当時からヘンなガキだったのである。その中でもとりわけ強く興味を

持ったのは古墳だった。前方後円墳というのは朝鮮半島やいまの中国には

見られないことなどを本を読んで知り、でも、3~4世紀頃、いまから

約1500年も前の時代にどうやってあんな大きなものを造ることができたのか、

その不思議さに興味を持った。

1990年の夏休み、8月の暑い日に、やはり山陽電車の霞ヶ丘駅で降りた

のだった。


……  ……

山陽電車で明石の隣の駅が人丸前。

 

 

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山陽電鉄本線・山陽明石駅

 

東経135度、日本標準時子午線の通る街として、よく知られた

天文台は、人丸前が最寄り駅。山陽明石からも歩いて歩けない

距離ではないみたいだが、あまりの暑さと荷物の多さに...

駅から高架越しに見える天文台をスナップして...

 

 

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山陽電鉄本線・山陽明石駅

 

ちょうどやってきた東須磨ゆき普通電車に乗り込んだのだ。
直通特急は6連と決まっているが、普通電車は3連あり4連あり、そして6連も。
山陽電車の車両運用というのも、結構複雑そう、私にはよくわからなかったの

である。でも、普通電車は3両でも余裕がありすぎるくらいの
乗車率だった。

 

 

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山陽電鉄本線・霞ヶ丘駅

 

そして、やってきたのは霞ヶ丘駅。舞子公園の次、すでに神戸市に

戻っている。2面4線式の線路配置で、この駅で上下とも普通は直通特急の

通過待ちがあるみたい。ここまで乗ってきた普通電車の横を同じ山陽の

5000系がスピードを落とさずに駆け抜けていくのをスナップ。

階段を下りて改札口に向かった。

 

 

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山陽電鉄本線・霞ヶ丘駅

 

正直言って殺風景な駅舎である。構内には自動改札機と...

あとは飲料水の自販機があるくらい。駅舎の向かい側には大規模な

団地が建ち並んでいる。閑静な住宅街の駅といった感じだろうか。

尤も、ガードをくぐって南側に出ればすぐにJR山陽本線のガード。
その先には国道2号線も通っていて、決して寂しい感じではない。

その団地の前を抜ける小さな遊歩道のような通路を抜け、ちょうど

駅の垂水側へ。とりたて観光地ではないのだろうが、所々に案内標識が

あって迷うことがなかった。

おっと...

踏切が鳴り出すと足を止めて、カメラを取り出してしまうのは<鉄>の習性。

 

 

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山陽電鉄本線・山陽垂水-霞ヶ丘

 

下りの直通特急、こちらは阪神車が高速で通過していくのだった。
さて、線路際の道から住宅街の細い路地に入り込めば、右前方に

大きな石造りの丘のような...

 

 

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神戸市垂水区五色山・五色塚古墳

 

さぁ、到着である。

 

 

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神戸市垂水区五色山・五色塚古墳

 

この碑というか...、26年前の夏の記憶が鮮明によみがえるのだった。

プレハブのような簡素な事務所に立ち寄り、氏名と住所を記帳。

パンフを受け取ったのもあの日と同じだったような...

 

 

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神戸市垂水区五色山・五色塚古墳

 

戦時中に畑に転用されてしまい、大きく姿を変えていた同古墳、1965年

(昭和40年)から10年の歳月を費やして発掘作業とそれによる復元工事が

行われたという。畑に転用されていたにもかかわらず、破壊は深刻でなく

埴輪や葺石に関してもよく残っていたとのこと。

当時の様子を再現するために新しい埴輪が三段の平坦面に、発掘調査に

基づいて並べられた。発掘された埴輪が事務所内に展示されているのも、

当時のまま。

 

 

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神戸市垂水区五色山・五色塚古墳

 

26年前は「東京から中学の宿題で...云々」と、同行していた母親が

担当者氏に...
 

ご厚意でガラス戸を開けてくれて撮影させてもらったのだった。

私も図々しい性格で知られているが...、そこの部分だけは絶対に

勝てないのである(笑)。

さぁ、“前方”部分にある階段を上ってみよう。