シリーズいい話から~

歳を重ねる程、物事を深く考えるようになります。

これは、「良い」事か、これは「悪い」事か…。

今までの経験に加えて、様々な知識や人の意見が頭の中に渦巻いています。

歳を取ったから、良い判断が出来るとは限りません。

「この歳になって、何で決断出来ないのか?」と情けなくなる事もあります。

佐野浩一さんが本を出しました。

「あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力」(ごま書房新社)です。
http://www.amazon.co.jp/dp/4341084941

その中に、「良い」か「悪い」かと、いつも考えている私に警鐘を鳴らす言葉が書かれていました。

思わず、ドキッ!

その抜粋をお読み下さい。

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果たして、「良い」「悪い」は存在するのか?

太陽が燦々と輝いていると、「良い」天気。

大雨が降っていると、「良くない」天気。

でも、あまりの日差しの為に不運にも熱中症で倒れてしまった人にとっては、「良くない」天気。

その日、どうしてもサッカーの練習に行きたくなかったサッカー少年にとっては、大雨は「良い」天気。

「良い」「悪い」は、結局、その時、その人の感情と捉え方にあるようです。

大病を患ったものの、治癒した人達のお話の中には、「治って良かった。」というコメントばかりではなく、「病気になった結果、こんないい事があった。」という内容が驚くほど多いという事実があります。

「病気になった結果、会社を辞め、自分の本当にやりたい仕事が見付かった。」

「病気になった結果、家族で過ごす時間が増え、家族関係が劇的に良くなった。」

アメリカの精神腫瘍学者であり、精神社会腫瘍学・精神神経免疫学の先駆者とされ、サイモントン療法の創始者でもある、故カール・サイモントン先生は、こうした捉え方を「病気の恩恵」と呼びます。

ちょっとした風邪ひきだって、実は同じです。

超多忙な毎日で、暫く休みもない状態で働いている。

疲れ切っているが、休めない…。

そう、思い込んでいた。

ところが、運の悪い事に、酷い風邪をひいてしまった。

自分の変わりは居ない…はず。

だから、何としてでも仕事に行かねば…。

しかし、体が動かない…。

思わぬ風邪ひきのお陰で、この方は、仕事を休めたのです。

咳や熱は苦しかったかもしれませんが、そのお陰で免疫力は上がり(風邪は免疫力を高めるチャンスという健康の専門家もいらっしゃいます。)、しばしの休息を取る事が出来ました。

これは、見方によっては、むしろ「良い」事だったと認識する事も出来ます。

こうした考え方が、「病気の恩恵」です。

でも、このように捉えてみると、同じような事って、案外たくさんあると思われませんか? 

人に対する見方だって、実は全く同じです。

「あの人、騒がしくって、大嫌い!」

「あの人、にぎやかで、場を楽しくさせてくれて、好き!」

同じ人を見ていても、感情が入ると、見方、捉え方が変わって来るのです。

「良い」「悪い」は、自らの感情が決めている事に気付く事です。

そこには、自分なりの傾向や、思い込みがあります。

しかし、思い込みを手離すと、見方が変わります。

見方が変わると、捉え方が変わります。

「良い」「悪い」ではなく、どちらも有りと捉える。

そういう事です。

では、運が良い、運が良くない、ツイている、ツイていないも、見方次第。

そして、結局、運命も波動である以上、トップの時もあれば、ボトムの時もあるのです。

プラスもマイナスも、総量は同じ。

だから、総量はゼロ。

そういう事ですね。

だから、「良い」「悪い」で捉えない方がいいのです。

その方が、幸せです。

改めて、「幸せ」というモノについての考え方を認識しました。



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【楽しくないモノを、どうすれば楽しいか?という事を考えて行くと楽しいんです。】

これは、お笑い芸人の明石家さんまさんの言葉で、僕が影響を受けた言葉です。

この言葉、考え方は師匠の落語家、笑福亭松之助さんに教わったそうです。

それは、さんまさんが18歳の時、落語家の笑福亭松之助さんの下で弟子修行をしていました…。

ある日、弟子であるさんまさんは、師匠の家を一生懸命に掃除をしていたそうです。

その掃除をしているさんまさんに、師匠の松之助さんは、「掃除をして楽しいか?」と聞いたそうです…。

お笑い芸人を目指していたさんまさんが、掃除する事が楽しいわけがありません。

当たり前ですが、ただの雑用としか考えていなかったわけです。

雑用なので、さんまさんは、『楽しくない!』と答えたそうです。

そこで、師匠の松之助さんが言ったのは、「掃除は、どうしたら楽しいか?を考えろ。」という言葉でした…。

さんまさんは、その時、この言葉に、とても感動したそうです。

普通の人なら、とても笑ってられない状況でも、この考えがあるからテレビで見るさんまさんは、いつも楽しそうです。

『どんなに退屈で、つまらない事でも、やっている本人が楽しいかどうかが大切なんだな。』と、その時、僕は思いました。

なので、その時から、今までのつまらない事を、そのままつまらないと思うのは辞めて、どうやったら楽しいか?を考える事にしました…。

それからは余計なストレスを感じる事なく、楽しくなくても楽しいと思っていたら、いつのまにか楽しい気分になっていました。(笑)



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Chie Art HP~

人の気持ちほど厄介なモノはない。

思う必要がない事まであれこれ考えたり、求めたり、繕ったり…。

感情に振り回されそうになって、勝手に困惑しては、「あぁ、もう面倒臭い!」と思う。

それでも、大笑いしたり、泣きたくなったり、苛立ったり…。

そんな様々な感情に触れる度に、その1つ1つの心の揺れに、思わず愛おしさを感じてしまうのも事実。

感情のヒダが、自分が今ここに居る意味を持たせてくれている。

人生に彩りを添えてくれている。

バツの悪い感情に気が付いたとしても、直ぐに切り捨てようとしないでいい。

まるごと受け入れてあげるだけの自分でいたい。

「よしよし…」と気持ちを包もうとする母性に身を任せているうちに、全てがチッポケな事に思えて来て、心が嘘のように軽くなってくる。

紐解けば、いつだって自分の声を自分自身に届けたくて認めて欲しくて、感情はただノックをし続けているような気がする。

色彩の中で「黒は悪い色、使ってはいけない色。」とは言えないように、どの感情も素敵で美しい事に気が付き始めると、全ての完璧さが見えて来る。

多くの異なった色があるからこそ、隣の色の輝きが際立つ。

そして、思わず、生きているんだなって感謝する。

生きているからこその感情。

Chie



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