母はテレビでキスシーンを見る度、息子の私に聞かせるでもなく、つぶやいていた。

「今の人達には信じられないだろうけれど、昔は若い男女が手を繋ぐどころか、一緒に並んで歩くだけでも、とがめられたのよ。」

その母と同世代の豊田市の谷口とみ子さん(75)から、淡い初恋の思い出が届いた。

谷口さんが16歳だった頃、学校に全女生徒憧れの的だった男の先生が居た。

24歳、独身。

勿論、谷口さんも、たちまち好きになってしまった。

授業が終わると、用事がなくても、みんなで職員室に押しかけ、先生を囲んで話をするのが楽しみだった。

ある日の事、先生の当直の日を狙って、夕暮れに友達と職員室へ出掛けた。

いつもは、大勢でワイワイと騒いでいるが、今日こそは、ゆっくりと話が出来ると期待して…。

ところが、高鳴る胸を押さえつつ扉を開けると、そこには先客が居た。

同じ思いでやって来た女生徒が、先生と親しげに話していたのだ…。

気が付くと、泣きながら靴も履かずに裸足で校庭に飛び出していた。

あれから、59年。

谷口さんの片思いは、胸の奥で眠っていた。

さて、先日の事、クラス会があって、当時の仲間が集まった。

憧れの先生も参加。

少しお酒の勢いも手伝ってか、自分でも驚いた事に、「今でも先生が好きです。」と告白してしまった。

83歳になられた先生は、お酌を受けながら、微笑んで下さったそうだ。

そんな奥ゆかしい恋もある。

胸がキュンと鳴った。

お便りは「来年も先生に会えるのを楽しみに、元気で暮らそうと思います。」と結んでいた。

《中日新聞『ほろほろ通信』より》



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