恋活をしていると、最終的にセックスまで行けて気持ち良い思いをすることもある。

 

が、そこにいたるまでの過程でさんざんみじめな思いをする。

 

 

これは、

 

「みじめな思いをすることもある」

 

という確率論的な話ではなく、

 

「必ずみじめな思いをする、しなければならない」

 

という確定的な話だ。

 

そこから逃げることはできない。

 

 

 

 

 

みじめな思いは財産

 

 

 避けて通れない

みじめな思いは、しなければならない。

 

そこを通過せずにセックスにはたどり着けない。

 

理想の女を手に入れることも、理想の人生も手に入れることもできない。

 

そこから逃げ続けたら、あとで地獄が待っている。

 

 

 

ストリートナンパはその最たる例で、90%以上シカトされて自分が透明人間であるかのような感覚を味わう。

 

そして最近気づいたのだが、最初からシカトされるよりも、会話オープン(相手が止まって会話が成立)した後に野良犬でもみるような目で立ち去られることの方がつらい。

 

オープンして、値踏みされて、「こいつないわ」と思われてすーっと歩き去られる。

 

このときほどみじめな気持ちになることはない。

 

 

 

でも、みじめな思いと引き換えに得られるものは計り知れない。

 

確実に度胸がつくし、他の人が怖がってできないようなことにもトライできるようになっていく。

 

それは人生の選択の幅が広がることを意味すると同時に、人生に多様な色彩を与えてくれるものでもある。

 

僕はストリートナンパでさんざんみじめな思いをしてきたおかげで、昨日友人と言った居酒屋で近くに座っていた女子大生2人組に自然に話しかけられていた。

 

飲みの帰りに、キレイ系の2人組が写真を撮っていたので「写真撮りましょうか」といって会話オープンさせることもできた。

 

連れ出しや番ゲはできなかったけど、それができた瞬間世界が広がるのを感じた。

 

たぶん、ストナンする前の僕だったら「話しかけたいなー」と考え込んだまま終わっていたはず。

 

3年前の自分からしたら考えられないことだ。

 

 

 

 

 大丈夫、誰も興味ないから

 

あともう一つ忘れちゃいけないことがある。

 

それは、

 

「俺はなんてみじめなんだ」

 

と悲劇の主人公然としたところで、まわりはなーーんにも気にしてない、認識すらしていない、ということ。

 

なーーーんにも気にしてないし、同情もしないし、興味ないし、家に帰ったら忘れてる。

 

だから、「なんて俺はみじめなんだ」と考えることそのものが虚構。

 

だって、誰が何に対してみじめなんだ、って話だからね。

 

 

 

 

 

なので、4日前の取引先とのゴルフコンペで168という驚愕のスコアをたたき出したことも、もはや忘れ去られる過去でしかないのだ!

 

取引先もきっと気にしてないのだ!

 

「ダブルボギー」の意味がわからずに何度も聞き返して怪訝な顔をされ、生きた心地がしなかったことも財産だ!

 

パーとかボギーとか、イーグルとか、ほんとわけわからん・・・ 鷲ってなんだよ。

 

 

 

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