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Secret Meeting for Secretaries

大学秘書として働く女性限定のコミュニティー

「工場」を
「こうじょう」と読むのと
「こうば」と読むのとでは
かなり印象が違います。


「こうじょう」というと、
大きな鉄筋コンクリート製の建物の中に、
これまた大きな機械が並んでいる。


一方「こうば」は、
それよりずっと小規模で、
働いている人の顔まで見えてきそう。


というように、
音読みと訓読みとでは、
言葉の意味も、与える印象も
違ってくるのです。


…という確認ができたところで、
本題です。




以前、別の大学の研究者の方とお話した際、
こんなことを聞かれました。


「大学の先生って、どうですか?」


それは、
久しぶりに会う友達などに
大学で働いていると話すと
ほぼ決まってされる質問で、
普段なら迷うことなく答えるところですが、
さすがに相手が先生だったので、


「え…、どうって…」とためらっていました。


するとその先生は笑顔で


「変わってますよね」


とおっしゃいました。



そう。そうなんです。
面と向かっては口にできませんが、
正直に申し上げて、
変わった人が多いと思うのです。


でも「へんな人」ではありません。
「かわった人」です。


では何と比べて「変わった人」なのかというと、
やはり私にとっては、
新卒で入社した民間企業こそが「普通」であり、
そこにいた人と比べての「変わっている」なのです。


でもよくよく考えてみると、
私の思い描く「普通」は
特別すてきでも何でもなく、
ただただ、普通でした。


「協調性」といえば聞こえはいいですが、
「私」が「私」である意味は薄く、


いわば


皆皆皆皆皆皆皆皆
皆皆皆皆皆皆皆皆
皆皆皆皆皆皆皆
皆皆皆皆皆皆皆皆


というかんじでした。


退職してフリーになると、


今度は


皆皆皆皆皆皆皆
皆皆皆皆皆皆皆
皆皆皆皆皆皆皆 ⇔ 
皆皆皆皆皆皆皆


というかんじで、


集団から突然飛び出てしまって
根っこがなくなったような不安と、
みんなはこんな私のことを
どう思っているんだろうという不安とで、
ずっと落ち着かない気持ちでした。


そういうわけで
私の「普通」は
具体的な顔の見えない「皆」で
できあがっていました。





話は戻りますが、
先生は続けてこうおっしゃいました。


「変わってますよね。
 でも、変わってないと意味がないんですよ。
 みんなと同じだったら、おもしろくないでしょう?
 誰かと同じ論文なら、書く必要ないし」


ああ、本当だ。

どうして私は
自分から「皆」を飛び出しておいて、
「皆」と同じでいようとしているんだろう。

そんなの全然おもしろくないじゃない。


ということに、
その先生は一瞬で気付かせてくれました。


変わっているって
大変だけど、
すごくすてきなことなんだな。


そんなふうに思います。


私が私である意味を、
今はひとつずつ探っているところです。