最近、子どものアレルギーに関する話題をよく耳にします。
当事者でない方からは「アレルギーのものを食べなければいいだけでは?」と思われがちですが、現実はそう単純ではありません。例えば卵ひとつとっても、お菓子や加工食品に微量に含まれているだけで命の危険に関わることもあり、日々の注意深さには計り知れない神経を使います。
私の妻は認定保育園で給食の仕事をしています。まさに子どもたちの命を預かる重責を担う現場ですが、社会や制度全体で見ると、その大変さや重要性はまだまだ十分に認知・支援されていないようにも感じています。
先日、妻がとても嬉しそうに話してくれたことがありました。
新しく転入してきた子がいたのですが、以前の園では安全を考慮して、みんなとは別の部屋で一人で給食を食べていたそうです。命を守る対策としてはひとつの選択肢ですし、現場の苦渋の決断だったのだとも思います。
妻の園では、メニューこそアレルギー対応の別食ですが、同じ教室でみんなと一緒に給食を囲みます。その子は転入初日から満面の笑顔で給食を口にし、周りのお友達も自然とその子を気遣いながら過ごしていたそうです。妻はその光景をとても微笑ましく見守り、話を聞いた私も胸が熱くなりました。
万が一のことがあれば生死に関わる問題ですから、慎重になるのは当然です。
ただ、安全を最優先にするあまり、大人の管理のしやすさだけで「みんなと一緒に過ごす経験」を遠ざけてしまってはいないだろうか、とも考えてしまいます。
もちろん、これを実現するには周囲の見守りや、親御さんの葛藤を越えた理解が必要です。
私自身、子どもの頃は小児喘息に悩み、遊ぶ場所を制限されるなどの経験をしました。当時は親も内心神経をすり減らしていたはずですが、過度に縛りすぎず、おおらかなバランスで見守ってくれたおかげで、大人になって社会に出たときも自然に適応できたのだと感じています。
命を守るために慎重になる親心は、痛いほどよく分かります。何が絶対に正しいという答えもありません。
けれど、「安全を守ること」と同じくらい「子どもの健やかな日常や社会性を育むこと」も大切にしたい――。危険から子どもを胸の中に抱きしめ守りたい気持ちと、少し勇気を出しておおらかに見守る姿勢。その間で、私たち大人は少し立ち止まり、より良いバランスを考え続けていくことが大切なのではないかと感じています。
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みなさんは覚えているだろうか。かつて日産が作り、日産が売っていたフォルクスワーゲン「サンタナ」**という車を。
時は1980年代。日米・日欧の貿易摩擦が吹き荒れる中、その「緩和策」という政治的な使命を背負って日本市場へ投入されたのがこの車だった。
当時の日本といえば、空前のハイソカーブーム前夜。国産車がこぞって豪華絢爛なインテリアやハイテク装備を競い合い、「わかりやすい高級感」に日本中が酔いしれ始めていた時代だ。
そんな市場へ、日産とヤナセのダブルネームで鳴り物入りで送り込まれた本格ドイツセダン。 ところが、である。
ショールームに足を運んだ当時の日本人は、実車を見てこう首を傾げた。
「……え? この値段の割に、ずいぶん質素じゃないか?」
「これなら同じ金で、もっと豪華なマークⅡやクラウンが買えるだろ」
今でこそ誰もが知る「ドイツ車の質実剛健さ」や「アウトバーンで鍛えられた本物の走り」。しかし当時はまだ、その魅力が一般には理解されていなかったのだ。高級のベクトルが180度違うのだから、土俵が噛み合うはずもない。
さらに追い打ちをかけるような“噂”が広まる。
「あれ、本国仕様じゃなくて、VWがアジア向けに安く作った車らしいぞ」
今のようにネットでサクッとスペックを調べられる時代ではない。折悪しく、中国市場でタクシーや公用車として爆発的に普及したことも災いした。当時の日本人にとって外車といえば「圧倒的なステータスシンボル」。「アジアで大衆車として走っている車」というレッテルは、プレミアム感を致命的なまでに削ぎ落としてしまった。
本当は、本国ドイツでパサートのセダン版として堂々君臨していたフラッグシップモデルだったというのに……。
そしてもうひとつ、大きな敗因がある。
それは皮肉にも**「日産が売っていたこと」**だ。
日産が悪いわけではない。だが、当時の人々の頭の中で「日産」と「外車」がどうしても結びつかなかったのだ。
あの時代、外車の証といえば、リアウィンドウに誇らしげに貼られた**「黄色いヤナセのステッカー」**だった。あれこそがオーナーの自尊心を満たす最大のステータス。ヤナセに通う富裕層は、日産で売っているワーゲンを買おうとはしない。
いっそのこと日産はライセンス生産の黒子に徹し、販売はヤナセ一本に絞っていれば、もう少し違った未来があったのではないだろうか。
結局、サンタナは6年間で約5万台という、日産の規模からすれば惨敗とも言える数字を残して静かに姿を消した。
では、なぜ私がこの車を**「シリーズかっこいい」として取り上げたのか?
それは、日本市場に媚びることなく、「本国仕様のまま、骨太なドイツ車の味をそのままぶつけてきた潔さ」があるからだ。
そして、その半端じゃない負けっぷりがあまりにも美しいからだ。
日本の豪華主義に迎合せず、アウトバーン仕込みの直進安定性とシートの出来栄えだけで勝負を挑み、討ち死にしていった頑固さ。
さらに言えば、この車をバラし、一からライセンス生産したことで、日産はボディ剛性やサスペンションの設計など、ドイツ車の「本質」を山ほど学んだはずなのだ(後の「901運動」や名車たちの誕生に、サンタナの血は間違いなく流れているはず)。
時代に早すぎ、誤解され、散っていった不器用な本格派。
そう考えると この車、めちゃくちゃカッコいいと思いませんか?
ま、すべて私の思い込みですけど。
レコードの「音」の良さを語る人は多い。
けれど、「レコードを買いに行った日の心境」を覚えている人はどれだけいるだろうか。
昭和の中学生にとって、レコードを買いに行くことは、大人の世界へ足を踏み入れるような、特別で少し背伸びした大冒険だった。
私が自分でレコードを買い始めたのは中学時代。
世間はフォークブームだったが、私はモータウンやフィラデルフィア・サウンドといったソウルミュージックに夢中な、少しませた中学生だった。
情報源はFEN放送。
意味もわからない英語の喋りを延々と聴き続け、目当ての「American Top 40」で新しい音楽に出会う瞬間を待った。まだ見ぬ素敵な音楽のために、ひたすらラジオにかじりついていたのだ。
お小遣いを貯め、いざレコード店へ向かう電車の中では胸が高鳴った。
だが、いざ店に着くと途端に緊張する。そこは煙草の煙と洋楽の香りが漂う「大人の世界」だったからだ。
探しているレコードがあるなら、店員に聞けば数秒で済む。
だが、聞いてはならない。妙なプライドである。
レコード棚の前での立ち振る舞いにも流儀がある。
ジャケットを指先で手前にパラパラと送るスピード、片手でめくるか両手を使うか……「いかに玄人っぽく、かっこよく掘るか」を真剣に意識していた。誰も見ていないのに。
目当ての1枚を引き当てたときの誇らしさ。
レジで専用の袋に入れてもらい、宝物を抱えて乗り込む帰りの電車。
しかし、現代のスマホと違って、家に着くまで音を聴くことは叶わない。
待ちきれず、車内でそっと袋から取り出す。
CDやスマホ画面では味わえない、あの31センチ四方のジャケットの圧倒的な迫力。それはひとつの完成されたアートだった。
周りの乗客に向かって、「どうだい、このジャケット。かっこいいだろ?」と言わんばかりに、これ見よがしに胸元で掲げてみたりもした。
これだけの手間と時間、そして青臭い自意識を通過して手に入れた1枚、自室でそっと針を落とし、最初の1音がスピーカーから鳴り響いたときの震えるような感動は、今でも忘れられない。
そして、いま。
指先ひとつで世界中の音楽が手に入る時代になった。
便利で、手軽で、申し分ないはずなのに、どこか音楽が「軽くて薄いもの」になってしまったような寂しさを感じる。
そして皮肉なことに、あれほど音楽に飢えていた自分が、今では昔ほど音楽を聴かなくなってしまった。
どうしてかな。
今、私の趣味はサーフィンである。
第2期サーフィンブームの頃に若かった私は、その熱気にまんまとはまった。しかし、仕事や家庭を優先するうちに時間がなくなり、いつしか海から遠ざかることに。あの頃、「蒲田のTHE SURF」で買った板を手放してしまったのは、今でも少し惜しい思い出だ。
それから年月が流れ、子供も成人し、ふと気がつけば自分は60代。
「そういえば、私の今の楽しみってなんだろう?」
そう自問したときに頭に浮かんだのは、若かりし頃に中途半端で投げ出してしまったサーフィンだった。
懐かしさに背中を押され、日本の老舗サーフショップ「ゴッテス」で、私はファンボードを購入してしまった。
今回の目標は「上手くなること」ではない。ただただリラックスして、楽しむことだ。
海の上は、まるで「戦場」だった?
しかし、いざ海に繰り出してみると、その思いはすぐに打ち砕かれる。
どこを見渡してもないのである。ハワイのような浮き輪感覚のサーフィンが。
海を見渡すと、みんな黒ずくめのウエットスーツに身を包み、微動だにしない姿勢で波を待っている。
まるで、腰に刀を差し、敵の襲撃をじっと待ち構える「武士」のようだ。
ところがである。その武士たるもの波が来ると一斉にパドリングが始まり敵陣の波から逃げ出すのである。生き残るのはだだ1人波を制覇するのである。砂浜から冷静にみていると滑稽にも見えてしまうがその一人が私でもあった。
サーフィンに限らず、どんな趣味であっても、こうした「真面目すぎる熱量」に日本人らしさを感じてしまうのは私だけだろうか。
色々な向き合い方があっていい。だけど、たまにはもっと肩の力を抜いた、気楽な楽しみ方があってもいいよなぁ……なんて思う今日この頃である。
ご無沙汰しております。
みなさん、お元気ですか。
かっこいいもの、なかなか思いつかずにこんな年月が。
久々に今回は、私が購入したものを紹介。
それは、何と扇風機で3万円オーバーというもの。はっきり言ってびっくりである。
普通は手を出すことはないであろうし、デビュー当時ショウルーム的なところに見に行ったのだが
何が3万円オーバーなのか理解できずに見送っていた。もちろん風が違うという事は告知でわかっていたのだが。
普通の電気製品を製造する一流メーカー物で3万円も出せば、それこそ豪華なリビングに会う木目調のものが
買えるし高さも簡単に調整できる。作りもしっかり感があるように見える。
しかし、何故かそのような扇風機に手が出なかったのである。どうしてかといえば、扇風機が
主役になるような佇まい。アンテークなものは雰囲気はあるがそれなりに環境も選ぶ。最近のデザインで単体で見ればかっこいいが、宇宙船にでも置くのか?と思わせるような奇抜なものばかり。
何となく、評判が良さそうな羽なしは電気屋さんではわからないが、友人の自宅で思ったのだが音が。
そんな中、扇風機は絶対我が家に必要なもので何かをかわなければと思い、2年間見送っていたが
手を出してしまった。その商品名は
である。実際手にしてみると、工作に工夫がり普通金型作ってプラスチックで作るであろうサイド枠が
金属であり、焼付け塗装がしてあるみたいで、ちょっと手作り感があり嬉しくなった。
デザインはこれほどシンプルなものはなく好感が持てるものであり、値段は高いがまー良いだろうと思って
1年間使って気がついたことがある。この扇風機。もしかして風邪に3万円払ってくださいというものなのか。
もしくは、プロペラに3万円払ってくださいと感じたくらい、その風は質が良い。
特にレベル2が最高である。ブンブン回してしまうと普通の扇風機とあまり変わらなくなってしまうが
私の場合、自分がいる部屋ではない部屋のエアコンをかけてドアーを開けてリビングとの間にこの扇風機をレベル2で首振り状態で使うと、窓を開けて自然の涼しい風が時々入ってきてるような錯覚を起こしてしまうくらい
心地よい環境になるのである。贅沢な使い方だが各部屋でエアコンかけるより電気代は安くなる。
たかがプロペラされどプロペラであり私が模型飛行機やってる頃、機体の性能上げるためにいろいろなメーカーの
プロペラを試したことがよみがえってきた。(カバン、トーネード、トップフライトなどなど)
もしかするとプロペラとはそのくらい難しいものなのかもしれない。
確かにこの扇風機のプロペラは普通のプラスチックに見えるが薄くグラスファイバーでも入ってるような硬さがある。材質でも変わるのかも。もちろん素人が思ってるところだが。
ただ、一つだけ欠点が。首振りの時にかすかな音ではあるがkakunと音が。個体差かもしれないが寝つきが悪い時は気になる時がある。これさえなければ最高である。
高級とは何かを考えさせられる一品であると思う。
そういった意味で、こいつはカッコイイのである。
シツコイようだが、あくまで私の個人感想であることご了承ください。

