「力による支配」が行われている標準異世界に、圧倒的な力=チートをもった主人公が転生すれば、当然ながら、既存の支配権力との衝突が生じることになります。個人的にはこの問題を回避する十分な予防をしないことが、せっかくの面白い話を駄目にしてしまう最大の原因になっていると思います。

この問題を回避ないし緩和する上でもっともポピュラーなやり方は、物語の設定を「騎士道型」にすることでしょう。

騎士道型であれば、主人公は、既存の権力とたいした意味もない不毛な戦いを続けるという無駄な危険をエンドレスで行うようなことにならずに済みますし、その世界の権力秩序と矛盾しない女性のサポート役にまわることで、同じくらい危険な統治の問題にも直接かかわらずに済みます。

もっとも、標準異世界チートものについては、「俺SUGEEE!」ものという別名があるぐらいで、権力や統治について「描きたい」方もいるのでしょうが、どうしても描きたいというのでないかぎり、これらの問題に深入りすることは避けるほうが無難ではないかと思います。視聴者や読者は、そうしたものを求めていないことのほうが多いと思いますので。


さて、標準異世界ものに限らず、最近の異世界アニメに共通していると思われる特徴を、前回分析した「騎士道」物語との関係であげてみると、

1.厳密な意味での騎士は、主人公には滅多にいない

2.結婚ゴールの話はない(騎士道ものでない標準異世界ものには、まれに出産ゴールがある)

3.女性が非常に強いことが多く、たいていは剣と魔法を使う

4.「守ってあげる必要」がありそうな女性が出てくる場合、A.騎士役の主人公も女性という設定、B.愚かなプリンスとセットで清楚なヒロイン型の女性が実は陰謀家という設定、このいずれかになるのが普通らしい

5.葛藤を伴う強烈なラブロマンスの話は例外的で、パーティないしバディ関係が成立したあとは、主人公とヒロインのあいだには性的な接触があまりない。恋人というよりは「バディ」として安定した関係が続くのがむしろ普通

6.主人公が中心となって形成するパーティには女性が複数いることも多く、主人公と複数の女性からなるパーティの設定の場合には、特定の親密な女性がいない場合も多い

などの特徴が目に付きます。また、これはあくまでも「感じ」ですが、

7.特定の女性と安定した関係を結ぶと男性主人公は遍歴ができなくなる(複数女性がいるパーティではそういうことはない)

8.男性と女性が一対一で安定した関係を場合に、女性がだんだん弱くなる傾向がある

9.男性主人公がチートをもたない場合(あるいはチートはチートでも戦闘能力とは異なる奇妙な能力をもっている場合)が増えてきているかもしれない


なお、標準異世界ものでも、そもそもアニメですらないのですが、上述のような男女の関係性をもった話としては、もっとも早い時期のものであり、かつ安定している作品として「科捜研の女」 の名をあげることができるかもしれません。

2以降については後回しにするとして、今回は上記1.についてまとめておきます。


1.厳密な意味での騎士は、主人公には滅多にいない


異世界ものの男性主人公は「剣をもって戦う人」であることが多いです(「盾の勇者」のように攻撃用武器を用いない人もいますが、ごく例外的です)。

もっとも、彼らの呼称については結構厳格に分けられており、

勇者(魔王と戦う選ばれた戦士)

冒険者(魔物狩りを生業としている。通常「冒険者ギルド」というゆるやかな組織に属しており、そこからの依頼を受けるのが基本)

剣士(暗殺者などとして活動する闇の存在)

騎士はいちおうこれらの人たちとは別ものなのですが、いろいろと微妙なところがあります。


異世界ものにおける騎士にはおおまかに分けて2つのタイプがあります。ひとつめは、王などの権力者に使える騎士団の一員としての騎士で、このタイプの騎士が主人公になることはまずなく、たくさん出てくるやられキャラか、物語の展開の中で重要な役割を担うものの、メインキャラではないイケメンサブキャラとして出てきます。せっかく異世界に転生したのに、知らない王様の家臣になるのではロマンがないからでしょうね。

ふたつめは君主をもたないタイプの騎士。日本でいえば「浪人侍」にあたる存在で、主人公やメインキャラになるのはこちらのタイプです。

欧米の騎士は、あのゴツい武装からもわかるとおり、先祖から受け継いだ所領を持つなど、武装を自弁できるだけの安定した経済力をもつ必要がありますので、大小の二本刀で旅をする日本の浪人にあたるような騎士はちょっと考えにくいです。仮にいるとすれば、浪人ではなく「武者修行のための遍歴の騎士」でなければおかしいと思うのですが、異世界ものでは重武装しているくせに浪人系の騎士のほうが普通です。

まあ、時代劇の浪人とは異なり、彼らは別に仕官を求めているようではなく、食うために生業としては冒険者をやっているようで、それも自由でいいなと思います。

ただ、騎士はその字からもわかる通り、本来は馬に乗っていないとおかしいと思いますし、武器は剣ではなく槍でなければ変だと思うのですが、異世界ものの騎士は原則徒歩で移動し、金属製の重たい鎧をまとって刀を振り回して戦います。

これにはおそらくいくつかの理由があるのでしょう。異世界ものはゲームに由来しているため、キャラが騎乗している設定だとやりにくいでしょうし、主として馬上で発揮される槍のチートというのも、いまひとつ盛り上がりに欠けるのかもしれません。

刀を振るうとはいえ、主な戦いのツールは魔法ですから、重武装でも大丈夫ということなのでしょう。

ただし、主人公とパーティを組む「重剣士」とよばれる人たちの場合、魔法は使えない設定であることが多く、ゴツい鎧を着て、刃渡り1メートル以上、重さも10キロ近くありそうな大刀を振り回し、「とあぁああぁ!」とか言いながら、火を吐く魔物などと血まみれになって戦うのですからたいへんだなと思います。しかも、重剣士の人たちの多くは女の人ですからね。


以上見てきたように、「騎士」という設定には無理が多いため、主人公として「騎士(ただし、めったに騎乗せず、槍ではなく刀と魔法を使い、主君もいない)」が出てくることはあまりありません。

珍しい例として「骸骨騎士様、只今異世界にお出掛け中」があります。ラブロマンスというより「世直しもの」で、騎士道ものの豊かな可能性を予感させる良い作品だと思います。

本作については、エッチな要素を減らせば、視聴者のターゲットも増えて、シーズンも重ねられるだろうになと感じますが、作者さんとしてはそこが大事なんでしょうね。この作品については「遍歴」に関してまた触れる予定です。


ともかく、標準異世界ものにおける騎士道を考えるに際して、男性主人公を狭義の「騎士」に限定してしまうと、対象となる作品があまりにも減ってしまうため、以下ではこの限定はしないことをご理解いただきたいと思います。